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蒼き夢の果てに

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第4章 聖痕
  第47話 東薔薇騎士団副長

 
前書き
 第47話を更新します。

 今、非常に悩んで居ます。
 高度が千メートル上昇すると、気温は六度下がるのが常識。
 アルビオンで最大の山は、おそらく千五百メートルほど。
 だとすると、なべ底までは最低2千メートル。
 ならば、なべ底から最低千メートル下が海だと仮定すると、アルビオンの平地は海抜3千メートル。
 こんな場所で出来る農業は……。真夏でも平均気温が氷点下。真冬の一月の場合、平均気温がマイナス二十度ほど。
 そもそも、トリステイン軍は、高山病でフラフラしながら戦っていたのか?
 

 
 王女の顔と雰囲気を湛えたイザベラ(タバサ)が、馬車の小窓から顔と右手のみを魅せて、軽く手を振った。但し、普段の彼女(タバサ)に相応しい透明な表情を浮かべたままで。
 しかし、たったそれだけの事で、更に彼女(イザベラ)の名と、王家を言祝ぐ歓声のボリュームが大きくなる。

 その熱狂的な歓呼の声に迎えられて、ポルトーの街中を進む王室専用の馬車。
 そして、その響きの中には、欺瞞や追従に満ちた雰囲気を感じる事は有りませんでした。

 成るほどね。つまり、ガリアの王室と言うのは、貴族たちからはどう思われているかは判りませんが、少なくとも民衆の支持は得ていると言う事なのでしょう。
 そして、その理由も何となく判りますしね。

 俺はイザベラ(タバサ)を見つめながら、ぼんやりとそう思った。
 尚、彼女を見つめても、東薔薇騎士団副長シャルル・アルタニャン卿は何も言いませんでした。
 もっとも、イザベラ姫付きのロイヤル・ガード扱いの俺が、彼女(タバサ)を見つめていたとしても騎士団副長に文句を言われる筋合いはないので、この場合は、これで正しいとは思いますが。

 それで、ガリア王家が民衆の支持を受けている理由は……。貴族に辛く、民に甘い、と思われる政策を取っているからでしょう。
 実際、ガリアの民衆に対する統治機構は中世ヨーロッパとは思えない方式を取っているように思えます。
 これは、カジノ関係の事件の時にも感じましたが……。
 民衆に対する情報操作を行うなどと言うのは、ナチスドイツのゲッペルスが最初だったと思うのですが……。

 そして、貴族に対しては容赦のない鉄槌を振り下ろしているのも事実です。
 その潰された貴族の中にはかなり評判の宜しく無かった貴族が含まれていたらしく、そして、その潰された貴族たちの悪評が広まる事により、王家の行いが正しい事を。その貴族達の家を潰す事が、正義の行いで有るかのようなウワサが流れているようですから。
 民衆と言うのは、何時の時代で有ったとしても、結構、耳ざとい物ですし、更に、娯楽の少ないこのハルケギニア世界では、ウワサ話と言う物は、庶民に取っての娯楽のひとつと成っているのも事実ですから。

 それに、多少不謹慎な言葉では有りますが……、他人の不幸は蜜の味、と言う言葉も有ります。まして、その相手が、身分を笠に着てのやりたい放題を行っていた連中だ、と言うウワサが流れていたとしたら……。

 しかし、どうも、その情報の拡散して行くスピードが、中世ヨーロッパの持っている情報伝達速度の常識を超えているような気がしないでもないのですが。

 この時代の情報の伝播を担うのは人。活字……つまり、大衆が目を通す新聞が有る訳でもなければ、ラジオやテレビなどの電波を使用した機械もない。この中世程度の科学力、及び文化的な成熟度しか持たない世界で、このガリアと言う国の持って居る情報の伝播して行くスピードは、やや異常とも思えるのですが……。

 まして、その情報が、王家に取っては有利と思われる情報を乗せて、潰された貴族の悪行と、その潰された結果の無残な末路を面白おかしく、誇張を交えて伝えているのは……。
 そして、そのウワサ話の中には、オルレアン大公家に関する情報は……。



 そんな、タバサの使い魔に過ぎない俺が気にしても仕方のない事を考えながら進む事、約三十分。やがて、停まる馬車。

 王女一行の到着を告げる一際大きな男性の声の後、一瞬の沈黙。
 そして、その一瞬の溜めの後、それまで以上のボリュームの歓声が沸き起こった。

 まるで、その瞬間を待ち構えていたかのようなタイミングで、外側より開かれる馬車の扉。

 先ずは、警護を担当するアルタニャン卿が王女一行の出迎え用に敷かれたレッド・カーペットの上に降り立ち、そして、侍女(イザベラ)、俺と続き、最後にイザベラ(タバサ)が登場した瞬間に、周辺を埋め尽くす民衆に因って最も大きな歓声が上げられた。

 その歓呼の声に応えるように、軽く手を振るイザベラ(タバサ)

 そんな王女一行を出迎えたのは、壮年……と言うには失礼に当たりますか。どう見ても三十歳には届いていない、金の髪を持つ、青年貴族と言う雰囲気の人物でした。

「私の如き若輩者の為に、わざわざこのような田舎まで御越し頂いて、恐悦至極に存じます」

 そう口上を述べた後、貴族風の礼を行う青年。そして、そっと差し出したタバサの右手の甲にくちづけを行った。
 仕立ての良さそうな派手なジャケット。その内側にはこれまた派手なベスト。そして、膝丈のキュロットと言う、貴族に相応しい、俺の感想を言わせて貰うとかなり悪趣味な出で立ちと、貴族には少し相応しくない。いや、ある意味、人の上に立つに相応しい引き締まった身体。少なくとも、トリステインの街中で見かける、だらしない体型の貴族とは一線を画する存在で有るのは間違いない相手。

 但し、その人物からは、アルタニャン卿と同じ嫌な雰囲気。人を貶めてやろう、とか、騙してやろうと思って近付いて来る人間独特の陰の気を、俺は感じていたのですが。

 矢張り、タバサをこんな、面従腹背のような貴族世界に置く事は出来ない、と改めて感じさせられる瞬間、及び、その相手の登場。

「イザーク。そのような挨拶は後でも良かろう。それよりも早く、イザベラ姫を屋敷の中へ案内して欲しいのだが」

 まるで、仲の良い友人に対して話し掛ける雰囲気を装い、シャルル・アルタニャン東薔薇騎士団副長がそう、その青年貴族に対して語り掛ける。
 但し、彼が実際に発して居る雰囲気は、そのような陽に分類される雰囲気ではなく、陰の気。良く判りませんが、少なくとも、旧友と言う存在を相手にする雰囲気では有りませんでした。

「相変わらずだな、シャルル。少しぐらい、イザベラ姫と話をした所で、お前と俺が居るこの場に危険な事はない。そうだろう、東薔薇騎士団副長殿」

 そして、イザークと呼ばれた青年貴族の方も、まるで友人に対して話し掛けるような雰囲気を装い、そう返した。
 ……なのですが、コチラの方は、シャルルと比べると、鷹揚な雰囲気。確かに、口振りほどはシャルルに対して気を許しているようには思えませんが、それでも、どうやらシャルルに関してはさほど重要視してはいない、と言う風に感じる受け答えだったと思います。

 魔法や、剣の腕でも未だお前には負けない、と言う類の雰囲気だと表現した方が伝わり易いですか。

 う~む。もしかすると、シャルル・アルタニャンは、この目前の人物がイザベラ暗殺の予告状を送った人物の可能性も有ると警戒しているのかも知れませんか。
 確かに、微妙な気を纏った人物で有るのは確かですが、確実に黒だと認定出来るほどの黒い邪気を放っている訳では有りません。
 もっとも、屋敷の前のこの位置は、襲撃を受け易い場所で有る事は間違いないとは思いますから、確かに、さっさと屋内に入った方が良いのは事実なのですが。

 其処まで考えてから、改めて、目の前で親しげにシャルル・アルタニャン東薔薇騎士団副長と話し込んでいる青年貴族に注意を向ける俺。

 少々、悪趣味な服装。確かに、面従腹背と言うあまり宜しくない雰囲気を放って居る人物ですが、友人として親しく付き合って行く人間ではないので、現状ならば捨て置いても良いレベル。
 ただ、何か少し気に成るのですが。

 ……ん。そう言えば、イザークとシャルル。そして、その二人から感じる、運動部の先輩と後輩のような雰囲気。

【タバサ。この青年貴族のフルネームを教えて貰えるか?】

 少しの引っ掛かりを感じた俺が、タバサに対して、【指向性の念話】で問い掛けてみる。
 そう、嫌な予感……と言うか、記憶の片隅に残るある人物の名前と、この悪趣味な服装の青年貴族とが重なるのですが。

【イザーク・デュ・ヴァロン・ド・ブランシュー】

 そして、さして間も置かずに、タバサから、名前のみの【答え】が返されて来ました。

 ……イザーク。そして、ポルトーの街。何処かで聞いた事のある名前。更に、悪趣味なまでの派手な服装。

【それなら追加の質問や。彼は元東薔薇騎士団所属の騎士で、更にガスコーニュ地方出身。ブランシューの家名は、元々、伯爵家を継いだ人間が死亡して未亡人と成った相手と結婚した事により継いだ。これで間違いないか】

 俺の【質問】に対して、今度は少し首肯く事によって肯定を示すタバサ。但しその瞳には、旧交を温めあう雰囲気を装う青年貴族と青年騎士を映しながら。

 これは間違いない。この目の前の青年貴族は、三銃士の中のポルトス。
 しかし、それにしては、この二人が発して居る雰囲気が、陰の気を帯び過ぎている事に違和感を覚えるのですが……。
 いや、彼らだけではなく、王女一行を護衛する任務を帯びている東薔薇騎士団の騎士たちにしても、全体的に嫌な雰囲気を発して居るような気がするのですが……。
 確かに、表面上は、アルタニャン卿も、ブランシュー伯爵も通常の騎士で有り、貴族の対応を取って居ます。そして、それは当然、東薔薇騎士団所属の騎士たちにも言えるのですが。

 まして、よくよく考えてみたら、史実上のイザーク・ポルトーは、銃士隊に所属していたのは事実ですが、大した功績を上げる事なく除隊した人間のはずです。そして物語上のポルトスにしても、彼の呼び名のポルトスは通称で、本名は最後まで明かされる事は無かったはずですから、彼らに、俺が知らない面……物語内では語られる事の無かった面が有ったとしても不思議では有りませんでしたか。
 アルタニャンにしたトコロで、実はアルタニャン家の人間などではなく……。

 其処まで考えてから、肺に残った空気を吐き出し、そして、新鮮な大気を吸い込む事に因って、身体の気の巡りと、ついでに頭の方の血の巡りを良くして置く俺。

 そう。今が、今回の任務に関しての疑念が更に大きく成った瞬間ですし、危険な任務で有るのも間違いない、と確信した瞬間でも有りますから。
 それに、タバサだけでなく、イザベラの身も護る必要が有るのですが、しかし、そのイザベラの身を護るべき東薔薇騎士団の騎士たちがどうにも胡散臭いので……。

 しかし、彼らは腐っても王家に仕える騎士のはずなのですが……。

「それでは、お部屋の方にご案内致しましょう」

 ブランシュー伯爵が、イザベラ姫(タバサ)の手を取りながら、そう告げた。
 そして、その瞬間に、俺の嫌な予感と言う物が、更に大きな物に成ったのは言うまでもなかった。


☆★☆★☆


 結局、新しいブランシュー家の家長の御披露目パーティ初日は滞りなく終了。
 ただ、その最後の部分で、

「信用しているよ」

 ……と、イザベラ姫付きの侍女(イザベラ姫)から言われたのですが、一体、俺の何を信用しているのかが判らないのですが。
 まして、本当のイザベラ姫の護衛を担うのは、俺では無く、アルタニャン卿。俺が彼女の傍に居る事は出来ませんし、同時に許されても居ないのですが。

 東薔薇騎士団の騎士たちからしてみると、俺は正体不明の不審人物ですから。
 おそらく、俺の正体がイザベラ(タバサ)に異世界より召喚された使い魔で有る、などと言う説明は為されてはいないはずですからね。

 流石に、正体不明の不審人物がイザベラ付きの侍女(本物のイザベラ)に近付くのは警戒されても仕方がないでしょう。
 何故ならば、彼らに取って俺は、自らの仕事と身分を脅かす危険な存在ですから。
 ガリアに取っての敵では無くても、自分達に取ってはライバルで有る可能性は有りますから。



 それで、俺の腕時計が指し示すのは現在、夜の十時過ぎ。尚、俺の部屋は、イザベラ(タバサ)の部屋の隣に用意されていたのですが、当然のように、タバサの部屋の扉の内側で、扉を背にして眠る事にしました。
 もう慣れたはずなのですが、矢張り、その事を告げたタバサから少しの陰の気が発せられたのですが、流石に、ここにタバサの魔法学院女子寮の部屋のように畳を持ち込む訳にも行きませんから、これは無視。まして、彼女と同じベッドの上で眠るなど論外。

 尚、寝室に関しても、最初に盗聴用のマジック・アイテムの有無を調べた後に、ハルファスの能力に因って結界を施し、食事に関してもすべて俺が確認したのですが、それらは杞憂に終わり、正直、イザベラの元に送り付けられて来た暗殺の予告状自体が、何らかの悪戯では無かったのかと疑いすら抱かせる状態。

 今晩さえ乗り切れば、明日はリュティスに帰るだけ。まして、来た時と同じように、隣の街。王領まで馬車で移動してから飛竜に移動手段を変えますから、其処まで頑張るだけの状態と成りました。

 そんな、長かった今日と言う日の終わりの時間帯。
 突然。部屋の扉がノックされる。

 このような時間帯に、王女の部屋に訪れる人間……。

 俺は、タバサを確認するかのように見つめる。このような時間帯の来訪者ならば、面倒なら無視しても失礼には当たらないはずですから。
 しかし、タバサは小さく、しかし、確実に首肯く。これは肯定。

 それならば仕方がないですか。そう思い、ハルファスの能力を使用して、すべての存在を出入り不能にする結界の解除を行い、

「どちら様でしょうか」

 ……と、扉の向こう側に対して声を掛けた。

「東薔薇騎士団副長シャルル・アルタニャン。早急にイザベラ姫に伝えたき儀が御座います」

 早急に、と言った割には、さして差し迫ったような雰囲気ではないアルタニャン卿がそう扉の向こう側から声を掛けて来た。
 そして、其処に存在する気配は一人分。こんな時間に配下を連れずに一人でやって来たと言う事は、本当に内密の用件が有ると言う事なのでしょう。
 但し、彼からは相変わらず、信用するに値しない種類の陰の気を感じさせ続けてはいたのですが。

 そのアルタニャン卿の声を聴いたタバサが、再び首肯いた。そのタバサの仕草を確認した後、俺はゆっくりと扉を開く。

 廊下に立っていたのは、言葉通りシャルル・アルタニャン卿で、俺の探知した通り彼一人しか、その場には存在して居ませんでした。
 そして、扉が開くと、そのまま俺を無視するかのように室内に侵入。そして、

「姫様。内密の話が御座います。どうか、御人払いを」

 ……と、タバサに告げた。
 おそらく、これは俺が邪魔だと言う事。う~む。矢張りアルタニャン卿には、俺の正体がタバサが異世界から召喚した使い魔だと言う事を告げられていない可能性が高いのでしょう。
 使い魔と主人は一心同体。俺に対して隠し事をしたトコロで、その内容をタバサに話したのではあまり意味はないのですが……。

 しかし、首を横に振るタバサ。そして、

「彼はわたしに取って大切な相手。彼に聞かせられない話ならば、わたしも聞く必要などない」

 ……と、普段とは違う雰囲気で、そう答えた。
 そう、これは多分、怒り。俺を追い出そうとしたから……、なのでしょうか。
 しかし、アルタニャン卿が事情を知らなければ、俺の事は、彼女の御目付け役ぐらいにしか捉えていないと思いますから、アルタニャン卿自身のこの対応は責められないとは思いますよ。

 但し、彼女の言葉は、俺に取っては非常に嬉しい言葉で有ったのは事実なのですが。

 その答えを聞き、シャルル・アルタニャンから、それまで以上の陰気が発生する。
 しかし、

 俺の排除を諦めたのか、羽根飾りの着いた帽子を取り、タバサの足元に恭しく跪くアルタニャン卿。
 但し、タバサの方は無視。普段ならば、右手をそっと差し出すのですが、最初に俺の排除を行おうとした事が裏目に出たのか、そんな事さえも行う事は無かった。

「私めに殿下をお守りさせて頂きたく思い、こうして参上いたしました」

 アルタニャン卿はそう言った。言葉自体は忠誠心に溢れた騎士そのものの言葉。但し、心根に、何か黒い思惑のような物を隠しているのが、彼の発して居る気配から読み取る事が出来る。

 う~む。しかし、これは妙な話だと思うのですが。
 東薔薇騎士団とは、確かガリアが誇る最大戦力。国を護る剣で有り、同時に盾ではないのでしょうか。其処の副長とも有ろう人間が自らの職務を放り出し、トリステインに留学しているタバサの身を護る役を担いたいって……。普通は有り得ない事ですし、許されない事だと思うのですが。

 まして、それを伝える相手は、タバサではなく、ガリア王に願い出るべき事柄で有って、タバサに言ったトコロで、答えようがない申し出のような気もしますが……。
 ……それとも、この任務の最中だけ身辺警護をさせてくれ、と言う事でしょうか。しかし、それは大きな意味で言うなら、東薔薇騎士団の騎士達がイザベラ姫(タバサ)を護って居るこの状況は、既に彼が望んでいる状況に成っていると思うのですが。

 そう。もし、この任務の最中に、イザベラやタバサに何か不測の事態が起これば、この目の前の騎士の責任問題に発展する可能性が有る以上、わざわざタバサに申し出る必要性など感じないのですが。
 もしも、不測の事態により彼女らに某かの害が及べば、任務を遂行する上での能力に欠けていた、と言う理由で彼の責任問題が浮上するはずですからね。

 タバサの使い魔の俺や、影武者役で、本来は存在しないはずの北花壇騎士団所属の騎士のタバサに表立った責任が追及出来ない以上は……。

 取り敢えず、よく判らない事態ですが、開いたままに成っている扉を閉じる俺。
 はっきり言うと、彼、アルタニャン卿の意図が判らないので、俺としてはどう対応して良いのか判らないのですが……。
 彼自身が、何か黒い欲望のような物を心の奥深くに隠し持って居る事だけは確か……なのですが。

「わたしはもう殿下ではない」

 そんな、アルタニャン卿の言葉に対して、タバサが当然の答えを返した。まして、彼女の目的は貴族としての生活を取り戻す事ではない以上、殿下などと呼ばれたトコロで喜ぶとも思えませんしね。

 アルタニャン卿が、少し悔しそうに首を振る。そして、

「シャルロット様は何時までも我らの姫殿下で御座います。東薔薇騎士団一同、変わらぬ忠誠をシャルロット様に捧げて居ります。昨日より、失礼な態度を終始貫いたのは、王権の簒奪者の娘に対して、我が心の内を悟らせない為の演技に御座います」

 非常に危険な台詞を口にする。そして、おそらくは、その言葉を告げる為に俺の存在が邪魔だったのでしょう。
 そう、現王を王権の簒奪者と。そして、王女をその娘だと表現した、不敬極まりないこの言葉を。

 ……これはかなり危険な状況です。対応を誤ると、タバサは未だしも、彼女の母親の生命は明日にも消えて仕舞う可能性もゼロでは有りません。

 そう考え、タバサの前に跪く、東薔薇騎士団副長を見つめる俺。

 このシャルル・アルタニャンは、ウカツな味方か、それとも、タバサの忠誠心を試す為に王家が送り込んで来た間者か。
 どちらにしても、俺ならば、間違いなくこの場でこのウカツな男の首を刎ねて、本物のイザベラの部屋に放り込みます。

 獅子身中の虫を駆除したと告げて。

 そう俺が考えた時、矢張りタバサは少し、瞳を閉じて首を横に振る。そして、

「わたしはもうシャルロットではない」

 普段通りの口調で、そう答えた。表面上は変わらず。但し、かなり不快な気分である事が霊道で繋がっている俺には分かる状態で。

 成るほど。流石に、タバサは頭が良い。こんなウカツな誘いに簡単に乗るようなマネは為さないか。
 古来より、大望を抱く人間に取って一番危険なのは強大な敵ではない。それはウカツな味方。
 この手のウカツな味方から情報が洩れて、クーデターや、独裁者の暗殺計画が失敗に終わった事例は枚挙に暇がないですから。

 昔から、よく言うでしょう。噂をすれば影がさす、と。……いや、この場合、もっと相応しい言葉が存在しますか。
 曹操の事を話すと、曹操がやって来る。……と言うことわざがね。

 まして、イザベラから紹介された国王を護る事が仕事の騎士団の副長が、その忠誠を捧げるべき王を、王権の簒奪者と呼ぶ事自体が常軌を逸しています。本心から彼がそう言ったのか、それとも何らかの策略の元、タバサを陥れようとしているのか。こう疑われても仕方がないと思うのですが……。

 それに、彼を知ったのは昨日の事ですよ。それも、その王権の簒奪者の娘と言われたイザベラ姫に紹介されて。これで、自分を信用して、ガリア王を討つ手伝いをさせてくれ、と言う事自体がナンセンスでしょうが。
 普通は、何らかの罠を疑います。

 しかし……。

「シャルロットさま。殿下が御命じに成れば、我らは王権の簒奪者より……」

 ……やれやれ。

「それ以上、口を開くな。空気がただれるわ」

 これ以上、コイツのクダラナイ話に付き合う必要は有りません。
 まして、このままでは、タバサ自身にも謀反の意志が有ると取られて、人質状態の彼女の母親の生命が失われる事と成る可能性も有ります。
 それとも、既に、彼女の母親の身柄を抑える手はずは整っている、もしくは、既に押さえて有ると言うのでしょうか。それならば、多少は、コイツの事を見直してやっても良いのですが。

 もっとも、今までのガリア王家の諜報能力から考えると、とてもでは有りませんが、そんな事が可能だとも思えないのですが。

 そうして、

「我が主の寝所を下衆の血で穢す訳には行かない。さっさとこの部屋から出て、田舎のガスコーニュに帰って蟄居をしていろ。そうすれば、その内、自害して果てろと言う沙汰がガリア王家より下される。
 少なくとも、実家のカステルモール男爵家と、母方のアルタニャン伯爵家には、類が及ばないようにしてやる」

 ……と続けた。
 尚、逃亡したら、実家のカステルモール家とアルタニャン家の双方は確実に潰され、一族はすべて刑場で果てる事は間違い有りません。

 刹那、立ち上がった自称アルタニャンが、殺気の籠った瞳で俺を見つめる。
 しかし、この程度の人間に睨まれたトコロで、俺は蚊に刺されたほどの痛痒も感じないのですが。

「知らないと思っていたのか、シャルル・ド・バツ=カステルモール。田舎貴族の次男如きが、我が主の護衛など百年早い。
 まして、キサマは身分詐称。アルタニャン伯爵家に、シャルルなどと言う跡取りは存在しない」

 ゆっくりと扉の前から、タバサの隣に移動しながら、そう告げる俺。
 そう。コイツはアルタニャン伯爵家の長子と言う振れ込みで、東薔薇騎士団団長ドートヴィエイユに取り入り、何の功績を上げたのかは知らないけど異例の出世を遂げ、今では騎士団の副長を務めては居ます。……が、しかし、その実は、ガスコーニュ地方の貴族とは名ばかりの家の、更に爵位を継ぐ事の出来ない次男に過ぎない人間。
 まして、先ほどの台詞から考えると、騎士に相応しい人格の持ち主でも無さそうな雰囲気ですから。

 何故なら、自らが禄を食んでいる国の王を簒奪者呼ばわりした挙句、王弟の娘に、自らの王で有り、伯父で有る相手を弑逆しろと唆すようなヤツですから。
 これ以上、低俗な人間はそういないでしょう。

 まして、オルレアン大公暗殺に現王は関与していない。前王は間違いなく、長子。つまり、ジョゼフを後継指名している。オルレアン大公は王位を望み、自らの王位を後押ししてくれる貴族達に対して空手形の地位を約束していた。
 これでは、簒奪者と呼ぶべき相手を間違っていると俺は思いますよ。

「騎士とは高潔で有るべき。貴様は、どう考えても鼠賊と言う程度の存在らしい。少なくとも、自らを騎士として任じてくれた国の王に対しては忠誠を誓うのが騎士の有るべき姿ではないのか」

 こいつに欠けているのは忠誠心。自らの生活の場、糧で有る故国への愛国心。そして、封主に対する厳格な服従。つまり、騎士に任じて貰っている現ガリア王に対する忠誠心。
 もし、こいつの身分が、現状では騎士団副長でも無ければ、騎士でさえない、ガスコーニュから出て来たばかりの田舎者ならば、こいつの言を俺は受け入れたと思います。
 但し、当然、タバサの護衛を担うと言う部分のみで有って、今の王。自らの伯父を殺して、その王位を奪え、などと言う人の道に外れた行いを肯定してやる心算は有りませんが。

 しかし、今は、彼の身分や立場がそれを許さない。

「昔。俺が知っている国で、後に関白。ガリアで言うなら主席国務卿にまで昇り詰める豊臣秀吉と言う人物がいた」

 突如、俺が意味不明な事を話し出す。完全に、タバサを自らの右肩の後ろに置き、不意を衝いて彼女を人質に取る事も出来ないような立ち位置に身を置いた後に。
 もっとも、当然のように夜間の戦闘を想定して有りましたから、彼女には普段通りの装備は施して有ったので、完全な不意打ちを行う事は、ほぼ不可能だとは思うのですが。

「そして、彼の当時の主君で有る織田信長と言う人物が、本能寺と言う場所で、彼と同じ家臣の位に有る明智光秀と言う人物の謀反に合い果てた。
 その報せを聞いた際に、秀吉の参謀で有った黒田如水と言う人物が、御運が開かれましたな、……と口にした。自らの主が死亡した不幸な出来事を。
 そして、それ以降、黒田如水は秀吉から警戒され、二度と信用される事はなかったと言う事だ」

 もっとも、黒田如水と、この目の前の男とを、才覚の上で同列に語る訳には行かないと思いますが、それでも野望と言うレベルで表現するのなら、似たようなレベルであるのは間違いないと思います。
 まして、

「それに、もし、貴様が言う王権の簒奪者を排除して、我が主が王権を奪い、サリカ法を無視した形で女王に即位したとしよう。
 その時の彼女の政策が、お前の気に入らない政策だった場合は、お前はどうする?
 今度はイザベラに近付き、王位の簒奪を示唆するのか。
 それとも、マジャール侯爵の元にでも走るのか?」

 一度、主を裏切った人間が、もう一度裏切らない保障が何処に有る。
 こいつの言葉を信用するのなら、こいつは、オルレアン公に何らかの恩義が有るのでしょう。しかし、オルレアン公が暗殺されてから数年間は、こいつはガリア王家の臣として暮らして来たはず。それでなければ、現在の身分は有り得ませんから。
 つまり、一度は王の臣下として膝を屈した人間が、再び、タバサの元に寝返ろうとしていると言う事。歴史上で言うのなら、この手の手合いは、都合が悪くなると、確実に同じ事を繰り返す信用の出来ない人間で有る事の方が多い。

 まして、こいつと良く似た立場の人間が、アルビオンにも存在しています。
 アルビオンのオリバー・クロムウェル護国卿と言う人物がね。

 もっとも、彼の場合は、執拗に繰り返されるデューダー朝によるティファニア王女捜索から、彼女を守り通したアルビオンの神官組織の長で有ったので、数年の間、タバサに近付きもしなかった、眼前の、俺に対して敵意むき出しの視線で睨み付ける男とは違い過ぎますが。

「先ず、我が主の警護を行いたいのなら、自らの主であるガリアの王に対して、自らの任を解くように申し出て、その後に、彼女の護衛がしたいと王に申し出るのが筋。筋を通さずに、このように若い女性の寝所に無理矢理押しかけるようなマネを為す人間を、信用出来る訳がない。
 まして、王権の簒奪を唆すような人間の言葉を信用出来る訳がない」

 それで、この男の目的は、おそらくはオリバー・クロムウェルと同じ立場に立つ事。
 東薔薇騎士団と言う戦力を用いてジョゼフ王を廃した後に、幼いシャルロットを、サリカ法を無視した形で女王に即位させ、政治の実権は護国卿に就任した自らが握る。
 アルビオンの黒衣の宰相の二匹目のドジョウを狙ったのでしょうが、それにしたトコロで、今までの受け答えから推測出来るこの男の才覚では難しいでしょう。

 せめて、魏の武帝。治世の能臣、乱世の奸雄と言われた人物ほどの才覚が有ったのなら、俺程度の人間にやり込められる事もなかったのでしょうが。

 ガリアの護国卿を目指した人間が、俺から、タバサへと視線を移す。
 これは、俺が何と言おうと、タバサの言葉でひっくり返す事が出来ると思っているから。

 しかし、タバサはゆっくりと首を横に振った。

 まして、これは当然。現在は、ジョゼフ王が自らの父の暗殺に関わっていない事がはっきりとしていますが、以前。その事実が判らなかった時でさえ、彼女は父親の仇討ちに関しては否定していたのです。
 そんな人間に、女王にしてやるから現在の王を弑逆しろ、と囁いたトコロで拒絶されて当然でしょう。

 更に、今のトコロは、そのタバサ自身がガリアに仕えている騎士で、自らと、母親の生活の糧を得ているのは、そのガリアが支給してくれている給与です。
 初めから、彼女の騎士と言う身分が、アルタニャンの申し出を受け入れる事が出来ない立場だったと言う事なのですけどね。
 真面な騎士道に従って生きて居る騎士ならば。

 シャルル・ド・バツ=カステルモールが、絶望に近い表情を浮かべる。この男の目的が本当に第二のオリバー・クロムウェルに成る事なのか、それとも、別の物かは判りませんが、少なくともタバサがガリアの王を弑逆する心算もなければ、彼を身近に置く心算もない事は理解出来たでしょう。

「状況が理解出来たのなら、さっさとここから去れ」

 もうこれ以上、何をどう言っても意味は無い。まして、こいつのような騎士失格の人間をこれ以上、タバサの周囲に置いて置きたくはない。

 それにしても……。
 ……やれやれ。この世界の支配階級は、地球世界の中世ヨーロッパを支配した貴族共よりはマシかと思っていたけど、どうやらそう言う訳でもなさそうな事は理解出来ましたよ。
 所詮、人は人。陰と陽が混じり合い、バランスが取れて居て初めて人として存在して行ける存在。

 この世界にやって来てから俺が出会って来た人間は、どちらかと言うと、善良な人間の方が多かったと言うだけの事でしょう。

 しかし……。

「所詮は、最後の最期に臆病風に吹かれた男の娘か。折角、大国ガリアの女王にしてやろうと言う俺の好意を無にするとはな」

 それまでの忠臣を装っていた演技を捨て、彼が最初から発して居た雰囲気そのものの台詞を吐き出すシャルル。
 もっとも、故に、驚きにも値しないのですが。

「貴様も、エリックと名乗っていた殺人祭鬼と同じか」

 俺は意外に冷静な声で、そう問い掛けた。徒手空拳。身ひとつで、帯剣した状態のアルタニャンとタバサの間に立ちながら。但し、声音、そして、雰囲気ほど落ち着いていた訳では有りませんでしたが……。

 何故ならば、こいつを排除した後、イザベラを連れてこの屋敷を脱出する。その困難な任務について、現在、足りない頭を総動員して想定を繰り返していましたから。タバサだけなら簡単に連れ出す事も出来るのですが。
 刹那、周囲。いや、この屋敷の中、そして外からも、戦いの気が発生する。

「このブランシュー家の新当主の襲名披露のパーティに集められた貴族どもは、我らの目的の為の贄。其処の小娘も、この国を混乱させる為に用意された小道具」

 刹那、抜き打ちの銀が魔法に因り灯された明かりを反射して、一筋の光線が奔った。
 普通の相手ならば完全に虚を突き、その斬撃を絶対に目で追う事は出来ないレベルの抜刀術。

 しかし!

 次の刹那、旋回を続けながら飛び続け、壁に突き刺さるシャルルのサーベル。
 半ばから斬り飛ばされた自らの軍杖の柄の部分に、瞬間、信じられないと言う雰囲気の視線を送ったシャルル。

 但し、これに関しては当然の帰結。相手の軍杖が、土の系統魔法の固定化で強化されているのなら、俺の木行で土行を剋して仕舞えば、後に残るのは単に脆弱な鋳造性のサーベルに過ぎない剣。
 片や、俺の右手に握られし七星の宝刀は、神珍鉄に因って作り上げられ、仙人に因って鍛えられし宝貝を、龍神専用の宝貝の如意宝珠に因って完全に再現した物。剣自体を斬り飛ばしたとしても、何ら不思議では有りません。

 その刹那、俺の背後に居たはずのタバサが淡い燐光に包まれ、いきなりシャルルの目前に現れ……。
 次の瞬間、崩れ落ちるシャルル。

 淡い燐光。精霊を従えた者のみが纏う事を許された精霊の護り。
 確かに今までのタバサも、式神の従えた精霊を間接的に支配する事に因って全身から淡い燐光を発しながら、俺に限りなく近い世界を生きて来たのですが、今の一瞬は……。

 俺は、未だキルリアン現象と呼ばれる状態に近い形で全身から活性化した精霊の放つ光を放ち続ける蒼き姫を見つめる。

 そして、彼女が今の瞬間、俺と完全に同じ世界に存在していた事を認識していた。
 これは……。

 いや、今はそれドコロではない。疑問については後回し。

「イザベラを連れて、さっさと、この屋敷を脱出するぞ」

 少し頭を振って、余計な方向に進もうとする思考を追い払った後、そうタバサに告げる俺。現在は、未だ虎口を脱した訳では無い。
 その俺の言葉に、普段通りに透明な表情を浮かべたまま、無言で首肯くタバサ。

 そう。悪夢の夜はこの時、未だ始まったばかりで有った。

 
 

 
後書き
 この第47話は、かなり問題が有る内容なのですが……。

 ただ、騎士道。騎士が歩むべき正しき道は、今回、主人公が語った方が正しいはずです。それに、私の感覚から言わせて貰うのならば、三○士のダ○タ○アンが、王を弑逆しろなどと言う訳は……。
 まして、タバサをアンヌ・ドートリッシュにする訳にも行きませんでした。そのまま進むと鉄仮面の物語に直結しますし、そもそも、ガリア(=フランス)がかなり乱れて、後のフランス革命の要因を作る事と成ります。

 三十年戦争がこのハルケギニア世界では無かったとは思いますが。
 更に、フランスで女王が誕生する事も、サリカ法が有る以上、普通では考えられません。

 色々と複雑な理由が有ったと言う訳です。

 但し、ガリア王家の内幕。未だ明かされていない真実を晒すと、この主人公の語った騎士道の正当な理由に因り、ジョゼフ王を排除する理由を創り上げる事は可能です。
 もっとも、それでも尚、サリカ法を無視して女王を誕生させる事は難しく、男系の系譜を引く男子とタバサ、もしくはイザベラとが結婚するしか、ガリアの王位を継ぐ方法はないのですが。
 マジャール侯爵はガリア王家の系譜で言うのなら、女系です。それに、龍神の血は龍王ヴィーヴルの特性上、女性にしか継承されていませんから。

 それでは、次回タイトルは『クーデターの夜』です。

 追記。ジョゼフは簒奪者なのか。

 この部分に関しては、今回までの情報では否定されて居りますが、未だ確定した訳では有りません。
 但し、今まで上げて来た情報に欺瞞がないのも事実です。

 少なくとも、前王は、原作小説とは違い、ジョゼフを早い段階で後継指名していますし、その為に必要な教育も施しています。
 まして、この『蒼き夢の果てに』内のガリアには、原作小説内に存在するガリア王国とは違う側面が有り、その秘事もジョゼフには当然、伝えられていますが、後継者ではない、血族を維持する為だけのシャルルには伝えられていません。

 しかし、それでも尚、ジョゼフが簒奪者で有る可能性は残って居ます。
 前王。自らの父親を弑逆した後に王位に就いたなどと言うオチでも有りませんよ。 
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