ソードアートオンライン 無邪気な暗殺者──Innocent Assassin──
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SAO
~絶望と悲哀の小夜曲~
デッド オア アライブ
金属質な鳴き声が響く。
いまだ呆然としているあたしの前で、異形の影がのそりと起き上がる。
それを説明するのは、はっきり言って難しい。一言で言うと《黄色いイモムシ》である。
ただし、その丸っこい体のあちこちに牛の角をでっかくしたような角があり、その尻尾にサソリのような針があったが(毒がたっぷり垂れている)。
「キシャアァァァアアアァアア!!!」
頭上に浮かぶカーソルには【Yellow Caterpillar】、そしてその色は、血よりも濃いダーククリムゾン。それを見てあたしは、胃袋が縮まるような感覚を覚えた。
アインクラッドでの、モンスターのカーソルの色は赤だ。だがその色は決して一定ではなく、それを視認するプレイヤーのレベルによって彩度が変化する。
どんな不測の事態が起きようとも圧倒的優位に立てるものは白に近いペールピンク、自分と同じくらいの強さを誇るものはピュアレッド。そして、どれだけあがこうが絶対に勝てないほどのものの頭上に冠される色は…………
ダーククリムゾン。
その緑色に輝く複眼に、侵入者──あたし達のことだけど──への敵意をみなぎらせ、その巨体を突進に備えてぐぐっとたわめる。
「あ、あの……突進………」
危ない、と言おうとしたが、口から出るのはそんな不明瞭な言葉ばかり。
ああ、こんなときによく動かない自分の口が恨めしい。
せめて突き飛ばそうと伸ばした手は、空を切った。驚いて見ると、紅衣の少年はボスモンスターの前に歩いていく。まるで、恐れも何も知らない無垢で純粋な赤子のように。
「やッ……だめぇッ!」
あたしは悲鳴を上げたが、もちろんそんなことでモンスターが止まるはずも無く、イモムシ改め【イエロー・キャタピラー】はその体に目一杯まで溜めたエネルギーを開放して───
思わず目を瞑る。
しかし、少年の体が引き裂かれるような衝撃音はいつまで経ってもあたしの耳には入ってこなかった。
「…………………?」
恐る恐る目を開けるとそこにはとんでもない光景が広まっていた。
複眼が転がっていた。
あまりに現実味がない光景で、一瞬複眼が大きめのバスケットボールに見えた。
やがてそれが何かわかったのと同時に複眼はささやかな破砕音とともにポリゴンの欠片となった。
その空中に散っていくポリゴンの向こうで彼は笑っていた。
血色のフードコートの裾を翻しながら、笑っていた。
レンは嗤っていた。
ひどくつまらなそうに、ひどく悲しそうに、ひどく………
ひどく、愉しそうに。
嗤っていた。
そして、かすかな吐息。
「……なぁーんだ」
そして、少年の笑みは消え、ひどくつまらなそうなものに変わった。
「こんなもんか」
背筋に悪寒が走った。
――何、今の………
そんな思考が、泡のように現れては消えていく。
そこで、やっとあたしは気付く。少年の影になって見えなかったが、少年の向こうには眼を失った痛みに吠え猛る異形の影が一つ。だが、先ほどはあれほど大きく見えた醜いイモムシは、今はとても小さく見えた。体を縮ませて怯える、小さな小動物のように。
そして、ヒュンという微かな音をあたしの耳は捉えた。恐らくあの凶悪なワイヤーをしまった音だろう。
少年は振り向く。
――殺される!
なぜか知らないがそんな思考が閃光のように頭に現れ、身体が本能的に回避行動に出る。
だが身体は思うように動かず、結果としてぺたんと尻餅をついたようになってしまった。呼吸が無駄に荒くなる。
「はッ………あっ……!」
あたしの恐怖の対象がイモムシではなく、自分に向けられたものだと少年は気付いたようだ。
闇色の瞳がそっと伏せられ、長めの前髪の向こうに消える。口元は漆黒のマフラーに隠れて見えない。
あたしと少年の時間が一瞬止まった。
その時だった。
隅のほうでうずくまっていたイモムシの口から、大量の糸が噴出したのは………
ブッシュゥァぁアアァァァー!!
炭酸の抜けたような音とともに、狂ったようにイモムシは糸を吐く。
上に……すなわち自分に………。
口から吐き出された糸は、しゅるしゅると毒々しい黄色の体に降り積もって覆っていく。
「………チッ!」
レンはおもむろに舌打ちして腕を振るう。その腕の動きの延長線上に凶刃が現れる。凶刃は、足元の葉っぱを切り裂きながらも瞬く間にイモムシに達した。
その凶刃はたちまち、その糸に包まれつつある体を八つ裂きに―――
だが、その期待はまたしても破られた。
バシィイーンという轟音と、徐々に白くなりつつある巨体の上に浮かび上がる紫色のウインドウ。
【Immortal object】の表示…………
「な……なんでッ!どうしてっ!?」
あえぐように言ったあたしの声に答えたのは、どこか苦虫を噛んだようなレンの声だった。
「リズねーちゃん聞いたことない?」
「え?な、何を?」
「大型虫型モンスターの中には、まれに戦闘中に変態するヤツがいるんだよ。二十七層のボスがそうだったように」
「へ、変態?」
「そ。例えばチョウチョがサナギになって成虫になるようにね」
「……ああ、そっちの変態か」
勝手に勘違い………。恥ずかしい。
「んで、何でか知らないけど、この変態が始まると結構な待ち時間が課せられるんだよ」
「…………へ?」
「だからぁ。ほら、あれ」
そう言ってレンはもう完全に白くなってしまった、もはやイモムシというよりサナギに近いそれの頭上に浮かぶ、小さなウインドウを指差した。
そこには無慈悲な数字で、《8:59:06》と明記してあり、刻一刻と減っていくところだった。
後書き
なべさん「始まりました!そーどあーとがき☆おんらいん!!」
レン「変なことになってるねぇ」
なべさん「ああ、本編のこと?」
レン「そうそう。虫型モンスターの変態って………」
なべさん「まあねぇ。よりにもよって変態だからね。だけど実際にある言葉なんだからね」
レン「本当にあるの?」
なべさん「そ。本文に出てくるように、チョウチョみたいなサナギを経て成虫になるヤツは《完全変態》、バッタみたいな脱皮を経て成虫になるヤツは《不完全変態》って言うらしいよ」
レン「………はぁ~…………」
なべさん「ん?どうしたんだ不思議そうな顔して」
レン「いや……馬鹿が知的なこと言ってる~って思って……」
なべさん「何考えとんじゃー!」
レン「(無視)はい、お便り、感想を送ってきてくださいねー♪」
──To be continued──
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