未来を見据える写輪の瞳
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十話
「俺はこれから奴等の元へ向かう。お前達は、里へ戻って救援を呼んでくれ」
「そんなの認められるはずないでしょう! 相手の狙いは貴方なのよ!」
「そうですよ! カカシさんだけに行かせるわけにはいきません!」
仲間を連れ去られたショックから立ち直った三人は、これからどう動くかを話し合っていた。その矢先にカカシがいったのがこの言葉である。だが、忍の中でも特に仲間意識が強い木の葉の一員である者がそれを認める筈もない。
カカシの意見は二人から真向に否定された。
「そうは言うが、お前たちを連れて行ってはたして役に立つのか?」
冷たい声でカカシが言い放つ。まるで見下すような物言いに普通なら怒りそうなものだが、カカシの気持ちが分かってしまう二人には何も言い返すことが出来ない。
相手は上忍クラスが二人に中忍クラスとはいえ凄腕の忍二人。戦闘が不得手なリンや、先の戦いで何もできなかった男では付いていっても足手まといになるだろう。
だからこそカカシは突き放す。二人が取り返しの付かない状況にならないように。
「そろそろ俺は行く。後は、頼むぞ」
「ま、待って! カカシ!」
リンの制止も虚しく、カカシはその場から姿を消す。リンが伸ばした手は虚空をつかむばかり。
「リンさん……どうしましょうか」
「…………」
後輩がかける声にリンは言葉を返すことが出来ず、その場にただ立ち尽くすことしかできなかった。
「こっちか……」
カカシは一人、雲隠れの忍を追跡していた。幸い、まだ辺りには匂いが残っていたしご丁寧にも木に傷をつけて誘導までしてくれている。罠などが仕掛けられている様子もなく、相手はカカシを真っ向から待ちうけるつもりのようだ。
(オビト……これで、よかったのかな)
額当て越しに、友が託してくれた瞳に触れる。リンを頼む。かつてそう言い残して死んだ友との約束を守るためにリンを置いてきた。だが、それはやはり自分のエゴでしかないのではないか。
オビトなら、リンを助けて自分も生き残るぐらいのことやって見せろ! と叱咤するのではないか、と考えた所でカカシは苦笑いした。
「そうだな。最初から死ぬつもりだなんて、らしくない」
木の幹を蹴り、勢い良く飛び降りるのと同時に額当てを押し上げ写輪眼を解放する。
「さあ、俺の仲間を返してもらうぞ!」
はたけカカシの、仲間を取り戻すための負けられない戦いが幕を開けた。
「死ね!」
そう言って忍刀を振り下ろすのは敵の前衛の一人。写輪眼の先読みをもってその一撃に合わせてカウンターの一撃を放とうとするも背後からせまる気配に攻撃を中断。すぐさま回避行動に映る。
「は! さすがは写輪眼、ってか」
身をかがめたカカシの頭上を、鋭い蹴りが通り過ぎる。もし避けるのが遅ければ、首の骨がへし折れていただろう。
戦況は勿論カカシが不利。術を使うどころか、攻撃をする暇も碌に与えられない。それほどに、相手は徹底した戦いを繰り広げていた。
「これなら案外楽に手に入れられそうだな!」
「先人達に感謝だな」
かつての戦時、他里ではこんな格言があったそうだ。
曰く、写輪眼と対峙した時一対一なら逃げよ二対一なら後ろを取れ。
こんな格言が言われたということは、それが写輪眼に対して有効だったということだ。敵はおそらくこの格言を知っていたのだろう前衛と後衛一人ずつの二組に分かれ、常にカカシの正面と背後を陣取るように展開している。
(やはり、手ごわい)
前衛を巻き込むことを恐れて後衛が手を出してきていないことはありがたいが、それでもカカシの不利は揺るがない。写輪眼を解放している以上、カカシにとって長期戦は悪手。早々に勝負を決めたいところだが、二人の前衛の連携は隙が無く中々攻勢には出られない。
「さあて、このまま堅実にいかせてもらうぜ」
「急いては事を仕損じる。基本だな」
この様子では相手の油断を期待することもできそうにない。本格的に不味くなってきた。そう、カカシが感じたその時だった。
「!?」
「何者だ!」
突如、敵を無数のクナイや手裏剣が襲った。敵は難なくそれをかわすものの、一時的にカカシに対する攻撃の手を離さざるを得なくなる。
これ幸いとばかりにカカシは敵から距離をとり、戦いに介入してきたものの気配を探る。そして、目を見開いて驚いた。なぜならば、その気配はよく知ったものであったからだ。
「カカシさん! 助けに来ましたよ!」
「カカシ、私達だって仲間なんだよ。放っておくなんてできない!」
「お前ら……」
本来ならば命令に逆らったことをとがめねばならないはずなのに、カカシは自分の胸が温かいもので満たされていくのを感じた。
(そうだな。アイツ等は俺の仲間で、俺はアイツ等の仲間なんだ)
簡単なことだったのだ。自分が仲間を大切に思っている様に、仲間も自分を大切に思っている。ただ、それだけ。
「よし! 皆で、仲間を取り戻すぞ!」
「はい!」
「ええ!」
カカシの仲間、参戦。
二人の仲間の参戦によって戦況はがらりと変わった。
カカシが相手にするのは先と同じく上忍クラスの前衛二人。リンともう一人は後衛二人を抑えてくれている。この好機を逃すかと言わんばかりにカカシは激しく相手を攻め立てる。
「っ!」
「っの!」
「甘い!」
前後から襲いかかる二人の攻撃をかわし、正面の敵の腹に蹴りを叩きこむ。続いて後衛の敵の腕をからめ捕り、大きく投げ飛ばす。こうしてできた相手との距離。それを詰められる前に、カカシは術を発動する。
――――千鳥!
カカシの右手に青き雷が灯り、まるで千の鳥がさえずる様な音が周囲に響き渡る。
「あの術は、不味いぞ!」
右腕に宿る高濃度のチャクラに術の威力を悟ったのか、相手の警戒がより一層強まる。だが、その程度はこの術の前では無意味。カカシは全速力で相手めがけて疾走を開始する。
「はっ! 馬鹿が!」
カカシのスピードはこれまでのものを遥かに上回っている。だが、それはもろ刃の剣。それほどのスピードを出しては、相手の動きに対応することが出来ない。そして相手はかなりの実力者。例えどれだけ速かろうと、見えているのならばカウンターぐらい合わせることが出来る。
「これで終わりだ!」
だが、忘れてはいけない。はたけカカシの左目は……
「馬鹿! やめろ!」
未来を見通す瞳であることを!
「ぐっ、ああああああああ!」
相手の動きを写輪眼で読んだカカシは自身の軌道を修正。カウンターに対してカウンターを決める形で千鳥を相手に叩きこむ。
命中した千鳥は相手の右腕を切り飛ばすだけにはとどまらず、脇腹をも深く抉りとった。
(よし!)
今相手に与えた傷は確実に致命傷だ。これで、数の上では三対三。一対一なら負けは無いと可我の実力差を判断しているカカシにとっては、この成果は非常に大きい。これで、仲間を助け自らも生き残るという道が現実的なものと成ってきた。
希望の光に、思わずマスクの下で笑みが浮かぶ。だが、不幸というものは、得てして幸運の最中にやってくるものでもあるのだ。
「ふざけんじゃねえ……ふざけんじゃねえぞぉ!」
振り向いたカカシの目に映ったのは、首にクナイを突き付けられた仲間の姿だった。
「おい、何をしてるんだ! 止めろ!」
男は焦っていた。仲間が明らかな致命傷を負わされたこともそうだが、それ以上にその仲間が暴走していることにだ。元々、この男は自尊心が強く扱い難い男だった。それでも忍としてはそこそこ優秀であったためチームを組んでいたのだ。
(まさかこんなことになるとは!)
人質まで連れ出して、一体なにをしようと言うのか。すぐにでも、この男を止めなければ。そう思い、男に近づいて行った男に待っていたのは……
「な、に……?」
黒刃のきらめきと、首筋に走る鋭い痛み。そして、自身から吹き出しているのだろうどす黒い血だった。
「邪魔してんじゃねえぞ、こらぁ!」
(まずいな……)
カカシは敵が突如として行った仲間殺しを、冷や汗をかきながら眺めていた。明らかに、相手は錯乱している。こうなっては、何をしでかすか分かったものではない。残された敵の後衛二名も、突然の状況の変化に付いていけず、茫然としている。
「分かってる。分かってるぜ。俺はもう助からねえ……だからよ」
クナイを持った左腕で抱えていたカカシの仲間を地面へと放る男。そして、カカシは男から漏れだす殺気を感じ取ると同時に、駆けだしていた。
「こいつを、道連れにしていいよなぁ!」
振り下ろされるクナイ、駆けるカカシ。両者の競争は、タッチの差でカカシが勝利する。だが、その勝利は……
「そうくると思ったぜ!」
すべて敵によって仕組まれたものだった。
男はカカシが絶対に仲間を見捨てないであろうことを見越し、わざとあんな見え見えの行動をしてみせたのだ。写輪眼は未来を視る。だが、万能ではない。
仲間を救うのに精一杯であったカカシには、相手の虚を見抜く余裕は無かったのだ。
(ちく、しょう)
クナイが迫る。写輪眼によってゆっくりと動くそれが、逆にこの自体が避けられないのだという事実を突き付けてくる。せめて、仲間だけはとカカシは腕の中の仲間を強く抱きしめ瞳を閉じた。
だが、来るはずの痛みは一向に来ず、やってきたのは……
「大丈夫、だった……? カカシ」
弱弱しいリンの声と、頬を濡らす生温かい液体の感触。
「リ、ン?」
「よか、ったぁ……」
胸に突き刺さるクナイが抜け落ち、リンの体が力なく地面へと倒れ伏す。確認するまでもない。リンはカカシを守り、倒れたのだ。
「リン……リン! りぃいいいいいん!!」
少女を抱き上げ名前を呼ぶも、返ってくるのは不規則かつ弱弱しい呼吸音のみ。悲しみにくれる”カカシ”とは対照に、”忍”としての冷戦な面がリンはもう助からないと告げている。
彼女を殺したのは自分。また、自分は救えず……そして、友との約束も破ってしまった。
「邪魔しやがって! 今度こそ!」
イタチの最後っ屁という奴なのか、リンを刺した男は鋭い動きでカカシへと接敵し、クナイを振り下ろす。
だが、そのクナイは無造作に振り上げられたカカシの右手の平で受け止められた。刃が肉を切り裂き、血が流れ出るもカカシは一切動じることなく、受け止めた刃を強く握り締める。
「死ネ」
「な……?」
正に一瞬。カカシの左腕に何時の間にか形成されていた千鳥が、男の首をはね飛ばした。
「次は……お前達だ」
今の今まで動くことすらできていなかった敵の後衛二人が、カカシに睨まれたことでビクリと体を振わせる。そして、
「う、うわああああああああ!」
「あ、ああああああああああ!」
我先にと逃げ出した。しかし、怒りに染まったカカシがそれを見過ごすはずもなく。腕に宿す雷を持って、敵の命を刈り取った。その時、カカシの写輪眼には三つ目の巴紋様が浮かび上がっていた。
逃げ出した敵を討った後、カカシはリンの元へ戻った。しかし、時既に遅く……
「リン……」
呼吸音も、心音も聞こえない。リンは、死んだのだ。
先ほどまでははれていたというのに、突如雨が空から降り注ぐ。カカシは顔が濡れるのも構わず空を見上げ、これ幸いとばかりに雨に乗じて涙を流した。
「と、まぁこんなことがあったわけだ」
「………………」
突如として話されたカカシの過去は想像以上に重く、サスケはすぐに言葉を発することが出来なかった。
「ま、そんなわけだから。サスケ……復讐がしたいというお前の気持ちも分かる。だが、俺は復讐のためではなく、仲間を守るためにこそ力をつけて欲しい」
「っ! 俺が身に付けた力を俺がどう使おうと俺の勝手だ。だが……」
悪態をついてさっていくサスケの背を、カカシは困ったような顔で見つめていた。だが、その顔はすぐに笑顔へと変わる。なぜなら、サスケが悪態に続いて呟いた言葉が聞こえていたからだ。
「ありがとう、サスケ」
サスケはこう言った。
――――俺だって、もう大切な奴等を失うのはごめんだ
と。
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