クラディールに憑依しました 外伝
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一千人のβテスターに割り込むべく。
俺は書店で四百枚の封書を大人買いして応募用紙に住所を書き込んでいた。
プリンターで印刷してしまえば早いのだが、手書きで縁起を担いで見る事にした。
あまりにも面倒な作業なので『茅場死ね』『キリト爆発しろッ!!』と念じながら筆を進めた。
その甲斐あってか数ヵ月後、連休の前日に当選通知とSAOβパッケージが俺の元にやって来た。
ログアウト出来なくなった肉体を保護する為とはいえ、住所集めご苦労さん。
早速PCにぶち込んでインストールを開始する。
これから二ヶ月間、第八層到達までのんびり過ごしますか。
インストールが終わり、起動画面が表示される。
これが表示されたらナーヴギアの方で音声操作が可能になる。
時刻は夜八時、ベットに体を寝かせてキーワードを入力する。
『リンクスタート』
真っ暗な空間、地面ではなく水面。
視界の中央に二メートルを超えるクリスタルが浮かび、水面に波紋を広げていた。
左手でクリスタルに触れると中に吸い込まれ、天井の高い部屋に出た。
『ようこそ、ソードアート・オンラインの世界へ。始めにキャラクターの性別を決めて下さい』
おぉ、この声はYUIか、久々に声を聞いたな。
内心ニヤニヤしながら、手元に浮かんだキーボードで各種アバター設定を進めていく。
性別:男
身長:百三十五cm
体重:三十七kg
髪型:ブロックショート
髪色:黒
こんなもんだろ、冒険するには子供の姿だよなー。
『それでは、はじまりの街に転送します。幸運を祈ります』
「あぁ、楽しませて貰うよ」
中央広場に転送されると大勢の人と少し離れた所に黒鉄宮が見えた。
広場では既にPTメンバー募集の呼びかけが始まっており、かなり賑やかだ。
「――――ついに来たか、この世界に」
暫くボーっと景色を眺めていると背中に軽い衝撃が走った。
「すいません」
振り返ってみると髪の長い男が俺に謝っていた。
――――キリトの大人アバターじゃねーか。
妙な沈黙でお互い無言になるが、気を取り直して一言だけ切り出す。
「いえいえ」
そう告げて足早に人混みを抜けて離脱した。
広場を抜けると、いきなり大声が聞こえて来た。
『あーい、きゃーん、ふらあああああああああああいいいいい』
外層から飛び降りている馬鹿が居る。
――――俺も飛ぶか。
思いっきり駆け出して、柵を飛び越えた。
「YA-HA-!!」
重力に引かれ、不快な感覚と共に落ちていく。
いつかアルヴヘイムでもやってみるか…………生き残れたらの話しだが。
死に戻りで黒鉄宮に戻された。結構な人数が死に戻りしているようだが、みんな笑顔だ。
楽しんでんなー。
黒鉄宮から出て、暫く進むと噴水のある広場に出た。
これが空き瓶に入れて持ち歩ける飲料水の一つか。
噴水の前には何とか空き瓶に水を入れようと試行錯誤しているプレイヤーが数人居た。
空き瓶に水を入れようとしてるが、数秒もしない内に空き瓶が消滅していた。
また一人失敗した、その度にポーションを飲み干して、瓶を空にして噴水の水を入れようとする。
隣では何とかして水を汲めないかと大きな樽まで持ち出している。
そんな微笑ましい光景を俺の他にも観察している存在に気付いた。
少し離れた花壇の横に座る――――白髪でしわしわの爺さんだ。
NPCにしては目に知性を感じる…………スタッフか?
プレイヤーが知恵を出し合って、空き瓶に水を汲む瞬間を見届けようと言う魂胆か?
俺はその悪趣味な爺さんの隣に腰掛けた。
「あの人達はさっきから何をしてるんですか?」
「…………水を汲みたいらしい」
――――こいつ、茅場だ。
声、声だけはどうしようもなく隠せて無いぞ!?
あの年齢詐欺のプレイヤーがディアベルの声で、ネカマプレイヤーの声がシリカだったけど。
この人、声はそのままでログインしてるぞ!?
「…………教えてあげないんですか?」
「私もそれが出来るか知りたくてね」
――――嘘付けッ!
「メニューのヘルプにヒントぐらいは書かれて無いんですか?」
そう言いながらメニューを開きヘルプを確認する…………何々?
【広場の噴水はとある方法で持ち運び可能です。色々試して下さい】
それだけで後はノーヒントだった。
「これってNPCとか何かクエストを発注しないと出来ないんじゃ?」
「…………君も試してみたらどうかね?」
ほほう、あくまでも知らぬ存ぜぬを通しますか――――見てろよ。
俺は開始時にメニューの中に常備されている、初心者用ポーションを取り出して飲み干した。
これで空き瓶の完成だ、そしてある細工を此処で加える。
横でそれを見ていた爺さんが目を見開く――――そうだよな、これが正解だもんな。
そして数秒で消滅する事がなくなった空き瓶を片手に噴水へ向かう。
俺が近付くと水を汲もうと頑張ってるプレイヤー達が『お前も挑戦するのか』と仲間意識の眼差しを向けてくる。
だが、暫くしても崩壊せずに俺の手の中に存在し続けるポーションの空き瓶に、全員が違和感と共に気付き始めた。
ニコニコと微笑みながら空き瓶に水を汲んで、爺さんの隣に戻る。
噴水を見ると殆どのプレイヤーが初心者用ポーションを飲み干して水を汲もうとしていたが、
空き瓶は直ぐに消滅エフェクトと共に消えて無くなり、もう一度ポーションを飲み干していた。
「時計の針を一つ進めてみましたが、これで良かったんですか?」
「…………教えてあげないのかね?」
「今日はもうログアウトしますので、お疲れ様でした」
ニッコリとスマイル。
「ちょっと君? さっきのどうやったのか教えてくれないかな?」
声のする方に視線を向けると、噴水の所に居たプレイヤーの一人が聞きに来ていた。
「この人に教えて貰いました」
ビシッと茅場爺さんを指差して、メニューからログアウトボタンを選択して落ちる。
時刻は夜の十時過ぎ。
「うむ、とても良い一日目だった」
βテスト終了まで残り五十九日間、楽しく行こうか適当に。
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