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クラディールに憑依しました 外伝

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女の子と出会いました

 月夜の晩、とある階層に立ち寄った時の話だ。
 将来的にその場所は多くのプレイヤーが集まり、ちょっとした賑わいを見せるだろう。
 だが、今はまだ、その時では無いので広場に立ち寄ったのは俺一人だけだ。
 そう、俺一人しか居なかった筈だ。


『だーれだ』


 女の子の声が聞こえた瞬間、ふっと視界が塞がれた。
 柔らかな手の感触が俺の両目を後ろから優しく押さえていた。
 背中に柔らかい双丘が押し付けられて――――と、言いたい所だが。
 俺は鎧を着てるし相手も鎧を着ている様だ、重心を変えると金属音が聞こえる。

 そして聞くのは初めてだが、特徴的な音が継続して聞こえている。
 俺の身長はかなりデカイ、だから俺の視界を手で塞ぐには方法が限られる。
 踏み台を用意するか、俺と同じくらいの身長…………そして後一つは。


「俺はお前に出会った事が無い、だがこんな悪戯を仕掛けてくる程度には良好なようだな」
『――――解るんだ?』
「状況が理解出来ている様だな? 狙って此処に飛んで来たのか?」


 視界を塞ぐ女の子の手を取り、振り返った。
 そこには何処か寂しい表情を浮かべた女の子が縋る様に俺を見つめていた。


『半分はそうかな――――羨ましかったんだ』
「デスゲームに囚われた人間が羨ましいなんて、随分と歪んだ趣味だな」
『違うよ…………願ったんだ、もっと早くに出会えてたら――――未来は変わったのかなって』

「…………お前の見た未来が、お前の過ごした時間が、どんな物かなんて俺は知らない。
 でも言える事がある。変える事と無かった事にするってのは意味が違う。
 お前は、お前の過ごした時間を無かった事にしたいのか?
 そんなに酷い未来だったか? こんな所まで来るほど辛かったか?」
『そんな事ないよ。…………そんな事ない。楽しかったよ。無かった事になんてしたくない』


 女の子からぽろぽろと涙が零れる。


「…………残り時間はどれくらいだ?」
『わからない』
「…………そっか、とりあえず、朝まで二人で過ごすか――――ゆっくりとな」


 他には誰も居ない広場に二人で腰を下ろし、そっと寄り添う。


『――――今日は独り占めだ』
「…………何が楽しいんだか」
『いつも女の子がいっぱい居るから、こんな事はあんまり無いんだ』
「へー、誰の事だろうな?」
『――――そんなんだから…………なんでもない』


 拗ねてそっぽを向かれてしまった。
 綺麗な髪が俺の視界に広がる。


「…………髪、触っても良いか?」
『うん、櫛あるよ』


 そう言って女の子が頭部装備を解除した。
 櫛を受け取って後ろから髪を梳く。
 女の子は身を任せて何処か楽しそうだ。


「梳かす感覚はあるのか?」
『んー? あるにはあるけど、かなり微妙だよ。大雑把な感覚って言うか、
 こっちでお風呂に入る感覚と似てるかな、精神的な物だけど、やっぱり気分の問題かな?』
「そっか」


 暫く髪を梳かしていると女の子が居眠りを始めていた。
 ちょっと退屈だったかな?
 俺はそっと女の子との距離を詰めた。
 そして起こさないように女の子の背中を胸に抱き寄せる。


 小さな寝息が聞こえる。
 こいつは何でこんな所まで来たのか?
 きっと相当なストレスを溜め込んでた筈だ、そうでなければ『願い』なんて曖昧な物で此処に辿り着ける筈が無い。


『…………あれ? 寝ちゃってた?』
「少しだけな」
『もう少しこのままでも良い?』
「あぁ」


 女の子が振り向いて俺の胸に頬を当てながら見上げてくる。
 俺も女の子と目を合わせて暫く時間だけが過ぎ去って行った。


『ねえ?』
「…………なんだ?」
『強く抱きしめて』
「ふとももに座るか?」
『うん』


 女の子が一度立ち上がり、俺は胡坐をかいた。
 そして女の子は俺の肩に手を置いて、足を広げ俺に跨ろうとする。


「待て!」
『え?』


 不思議そうな顔をするな。


「――――足は揃えて座れ」
『こう?』


 女の子が人魚座りで俺のふとももに座った。
 俺の首に腕を回して抱きしめてくる。
 柔らかい髪の毛と耳の尖った感触が頬をくすぐる。


『本当は正面から思いっきり抱きしめたかったんだけど』
「ベッドの上ならやってやるよ」
『じゃあ、今直ぐ宿屋に行こうか、この近くだと…………』
「おいおい。宿なんて取れるか、今のお前は此処に居ちゃいけない存在だろうが」
『えー?』

「残念そうな顔をするな、他のプレイヤーに見付かったらどうするんだよ?
 それに、NPCがお前を客として認識できるか判らんしな」
『外でも良いよ?』
「アホか…………そうだな、もう少し混乱してきたら――――ドサクサで抱いてやるよ」
『――――ホント? 約束だからね?』

「あぁ、約束だ」
『じゃあ、約束の証にキスして』
「…………目を閉じろ」


 女の子が目を閉じた。
 俺はそっと女の子にキスをする。





 夜明けが近くなった月明かりの下、俺達は街を東に歩いていた。
 女の子はご機嫌斜めだ。


『…………………………………………頬っぺただった』
「頬でも誰かにこんな事するのは初めてなんだ、我慢しろ」
『……………………初めてなら許す、許してあげる』

「そろそろ街外れだな、俺はこのまま狩りに出る」
『着いて行っても良い?』
「手は出すなよ? カーディナルに消されちまうぞ?」
『…………あぁ、うん――――手は出さないよ?』


 微妙に焦ってるって事は、既に試したな?


「やったな?」
『に、ニ~三匹だけだよ? それ以上は流石に不味いかなって』
「抱く前に消えるなよ?」
『大丈夫、絶対に消えないから』


 その自信は何処から来るんだろうか?
 まぁ、なるようになれなれ、これもほんのささやかな夢の一つなのだから。
 それから女の子は俺がソロ狩りで出かける度に、ひょっこりと現れてはお喋りと抱擁を要求してきた。

 第七十五層のクリアはまだまだ遠い。

 この女の子からもデスゲームからも開放されるのは暫く先になりそうだ。 
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