蒼き夢の果てに
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第4章 聖痕
第35話 仮面の支配人ファントム
前書き
第35話を更新します。
何故か、いつもニコニコ現金払い。勝ち逃げする子は悪い子よ。バクチで儲けて明るい社会。
……と言う、訳の判らない言葉が聞こえて来たような気がするのですが。
時空結界を解除してからは、タバサとの間で表面上、当たり障りのない通常の会話だけを交わしながら、呼び鈴を使用して軽食を注文する。
但し、普通に考えたら、こんな行動を行うバカはいないのですが……。
何故ならば、未だ確実にこのカジノが殺人祭鬼に関わって居るとは言えないのですが、それでも、ここは青天井をうたい文句にした民営カジノで有る上に、精神に作用する危険な薬物を使用している違法カジノでも有ります。
こんなトコロの準備する飲食物に手を出すような事を為せば、その後にどうなったとしても、それはウカツな自らの責任。普通に考えるならば、そんなウカツな人間では、明日の朝には鬼籍に入っている可能性の方が高いでしょう。
そもそも、食事や酒に眠り薬やしびれ薬をまぜて、客を前後不覚の状態にした上で、金品を強奪する飲み屋の話は何処にでも有りますからね。
現実の世界でも、そして、虚構の世界でもね。
しかし、逆に言うと、カジノ側に俺とタバサがそんなウカツな人間だと思わせて置く事は悪くはない選択肢だと思いましたから。
まして、運が良ければ、これから行う可能性の有る勝負の際に、相手の切り札のディーラーがタバサの事を侮って来る可能性も有ります。
そう。所詮、この世は化かし合い。まして、ここは初めから違法性を前面に押し出しているカジノ。こんなトコロで正々堂々と王者の勝負を挑んで、それで負けたら、何の意味も有りません。
俺も。そして、タバサの方も、ひとつしかない生命をチップに、分の悪い勝負を挑んでいるのですから……。
もっとも、普通に考えると、所詮これは小細工にしか過ぎないのですが。
この程度の小細工で惑わされるレベルの敵ならば、かなり楽が出来るのですが……。まぁ、それは無理でしょう。
それに、打てるだけの手は全て打つ。このカジノに潜入した瞬間から勝負は始まっていますから。
そうして、このカジノのメイドが運んで来た軽食と、この豪華な休憩室に備えられていたワインを二本処分して、待つ事しばし。
おもむろにノックされる扉。その瞬間に、今回の任務のもっとも重要な部分が開始される。
ゆっくりと、ひとつ首肯く蒼き姫。普段通りの彼女に相応しい感情を表現する事のない透明な表情。しかし、普段とは違う、強い決意を秘めた瞳の中心に俺を映して。
その決意を受け取り、扉の前に立つ俺。
……って言うか、現状では完全にタバサ専属の従僕状態の俺です。
そして、重い木製の豪奢な細工の施された扉をゆっくりと開く。
俺が開いた扉の向こう側、少し昏い廊下用の明かりの元には、このカジノの従業員の黒服が立っていました。
昏い廊下側から、明るい室内を覗き込んだ瞬間に瞳に映るテーブルの上の状態。そこには、このカジノの用意した軽食とワインを取った形跡が残されています。
その瞬間、黒服からは、ほんの少しの黒い感情が発せられた。
但し、表面上は一切、そんな感情を伺わせる表情を作る事など無かったのですが。
そして、
「御休憩中の所、誠に申し訳御座いません。宜しければ、この店のオーナーが御二方と是非とも話がしたいと申して居りますので、少し御時間を頂けないでしょうか?」
……と言う、非常に丁寧な口調で、これから先の波乱万丈な展開を予想させる内容を口にしたのでした。
☆★☆★☆
少し昏い廊下用の明かりの下、馬鹿丁寧な。いや、取り様によっては慇懃無礼とも取る事が出来る黒服の後に続く俺とタバサ。
当然、最初からその心算でしたから、黒服の案内する後を付いて行ったのですが。
しかし、もっと違った台詞と言う物は存在していないのでしょうかね。
こう言う場面で語られる、
「少額のレートでは面白くないでしょう」
……と言う決め台詞は。
もっとも、今回は、阿吽の呼吸と言うヤツで、黒服の申し出を少し渋った後に、オーナーの話を聞いてから判断する、と言う形を取ったのは事実なのですが。
やがて、このカジノの一番奥。但し、場所としては、階段を上がって来た事から推測すると、一番地表に近い部分と思われる場所に存在するオーナーの執務室に案内される俺とタバサ。
そして、一拍の呼吸を置いた後、ノックを三度行う黒服。
但し、何故か返事が聞こえる前に扉を開いた。
……いや、もしかすると、三歩ほど離れていた俺の耳には、室内から発せられた返事が聞こえなかった可能性も有りますし、それに、今回の場合は、元々、中にオーナーが居るのは確実ですから、三度のノックは単なる合図に過ぎない可能性も有りましたか。
それで、俺とタバサが居た豪華な客室とは違い、それなりにお金は掛かっては居そうですが、それでも見た目からして派手な、とは表現しない重厚な扉の向こう側で、一人の人間が俺とタバサの到着を出迎えてくれました。
その人物は、わざわざ俺達の事を立ったままで待っていたらしく、スラックスには一切の余分な皺と言う物を見つける事は出来ませんでした。
ざっと見た感じから言うと、身長に関しては俺とそう変わらない雰囲気ですから、180には届かないぐらいでしょうか。かなり華奢な体型で、従業員達と同じく、黒を基調としたシックなスーツ。……俺の衣装がタキシードで、基本的に夜間に開かれるパーティに着て行く礼服で有るのに対して、このカジノのオーナーが着ている衣装は、貴族の乗馬服を少し改造したかのような服装で、地球世界ではモーニング・コートと呼ばれる昼間用の礼服に似ているように思います。
但し、その顔を覆っている白い仮面が、その人物が男性で有るのか、はたまた女性で有るのかの判断を付けさせなかったのですが。
……って言うか、またもや白い仮面ですか。
「お待ちして居りました。お嬢様」
やや、細い髪質の金を白い仮面の額の部分に掛けたこのカジノのオーナーが、部屋の中央に設えられている上質そうな革張りのソファーの上座の方に、タバサと、そして俺を座るように進めながら、そう言った。
声の質は男性。但し、仮面を被っているが故に、多少、くぐもったような声に聞こえ、更に、仮面を付けているが故に、先ほど、俺とタバサにソファーに座る事を進めた声が、この眼前の人物が発した声か、それとも違うのかについても判らなかったのですが。
そして、タバサと俺がソファーに着いたのを確認した後に、
「初めまして。このカジノのオーナーのファントムと申す者でございます」
……と自己紹介を行い、そして、貴族風の一礼を続ける仮面の支配人。
いや、これでは、自己紹介には成ってはいませんか。何故ならば、素顔を晒す事なく、更に本名を名乗る訳でもない。これでは正式に自己紹介を行った事に成る訳がないでしょう。
ただ、彼が行った礼に関しては、非常に堂に入った物で有り、本人が貴族階級の出身か、それとも、真面な貴族の屋敷で働いた経験が有る事を窺わせるモノでは有りました。
まぁ、そんな事はどうでも良いですかね。何故ならば、既に駆け引きは始まっていますから。
「クリスティーヌ。矢張り、ここに来たのは間違いだったようです。直ぐに、ここから立ち上がって、今夜勝った分のチップを手形にした後に、屋敷へと帰りましょう」
そう言って、タバサを促すように立ち上がる俺。
当然、その俺に続くようにタバサも立ち上がった。
尚、このクリスティーヌと言うのはタバサの偽名です。もっとも、そもそも、そのタバサと言う名前自体も偽名なので、偽名の更に偽名と言うのも妙な話なのですが。
但し、当然、本気で帰る心算で立ち上がった訳では有りません。ただ、後の勝負に少しでも有利な状況を作る為の布石ですから。
こんな、危険な薬物や、洗脳紛いの方法を使って儲けている違法カジノは、それだけでも潰す必要が有ります。まして、生贄を要求する邪神を信奉する殺人祭鬼の可能性も有る連中です。
流石に野放しにする訳には行かないでしょう。
「お待ちください、ミスタ……」
ファントムと名乗った仮面の支配人が、何かを言い掛けてから、俺の名前を知らない事に気付き言い淀んだ。
いや、そう言う振りをした可能性の方が高いかも知れないのですが。
但し、確実な証拠を掴む為に、小芝居を弄してまで、このカジノのオーナーの発する気を掴もうとしたのですが、相手も簡単にそんなシッポを掴ませるような連中では無かったみたいです。
「ラウル。ラウルとお呼び下さい、仮面の支配人殿」
まぁ、仕方が有りませんか。一応、俺の方も本名を名乗る事なく、咄嗟に思い付いた偽名を名乗って置くのは忘れませんが。
もっとも、俺の名前を呼ぶ人物はそうはいないのですがね。
タバサは、何故か『貴方』と呼びはしますが、彼女から名前を呼ばれたのは、確実に覚えているのは、最初に【念話】のやり方を教えた時のみなのですが……。
……あれ? そう言えば、何故に、名前を呼んでくれないのでしょうか。
一拍の間を置いた仮面の支配人が、少し大仰な仕草で両手を開いて見せる。
まるで、舞台の上の役者を思わせる雰囲気、及び仕草で。
そうして……。
「ミスタ・ラウル。私どもは、お客様に細やかな夢の時間を提供しているに過ぎません。そこに、無粋な名前や、有りふれた素顔など必要とはしていないでしょう」
正に、舞台の上の俳優そのままの台詞を俺に対して告げた。
いや、不特定多数の観客に対して語った。
確かに、夢の空間に等しいこのカジノには、無粋な本名や、有りふれた素顔など必要ではないでしょう。
その仮面が本心を隠し、偽りの名前が、現在と過去の自分を塗り潰すのですから。
まして、このカジノで見る夢は、俺に取っては悪夢としか思えないのですが。
「心配する必要はない」
何時の間にか、元のソファーに腰を下ろしていたタバサが、俺に対してそう言う。
普段通りの彼女のままに。
「しかし、クリスティーヌ」
彼女の方を見つめ、そう、尚も何かを言い募ろうとする俺。
但し、そろそろ、頃合いだとも思うのですが。
もう十分、俺が現状に不満を持っている、と言う事について表現出来たと思いますから。これ以上、時間を掛けたとしても、大きな成果を得られるとは限りません。
「ラウル様が御懸念に及ぶのはもっともでございましょう。
確かに、私どもの同業の者の中には些か性質の悪い者も居ります故。
しかし、私どもは、そのような輩とは一線を画する店だと自負して居ります。
それが証拠に、店内では一定時間ごとに、ディテクトマジックにより、魔法を使用した不正行為が行えない仕組みを作り上げて居ります」
妙に芝居掛かった台詞に本心を隠し、白い仮面に表情を隠して、偽りに塗れた支配人がカジノのオーナーの台詞を口にする。
しかし、それは事実でも有ります。
もっとも、この危険な香を焚いた閉鎖空間で長い時間行動して、真面な判断力を有して居られる人間は早々いないと思いますけどね。
従業員と、タバサと俺以外には。
「それでも尚、私どもを御疑いなさるのならば、以後の勝負では、私どもではなく、お客様の方がディーラーと成って勝負を取り仕切って頂いても構いません」
勝利を信じて疑わない雰囲気で、そう提案を持ちかけて来る仮面の支配人。
しかし、魔法を使用せずに確実に勝利する方法と言っても、ディーラーをこちらにさせると言う事は、普通に考えるとないと思うのですが。
確かに、この危険な香の焚かれた中で、更に薬入りのワインや軽食を口にしたはずのタバサと俺が何時までも立って居られる訳はない、と判断した可能性が高いのですが……。
それとも、彼らも精霊魔法。つまり、精霊と契約した上で、魔法を発動させるタイプの魔法を会得しているのでしょうか。
モロク系の邪神を信奉する集団ならば、可能性は有りますか。
「成るほど。流石は大きなカジノの支配人ですね。剛毅なものです」
俺が、本当に感心したようにそう答えた。一応、それまで見せていた逃げ腰の雰囲気などではなく、やや及び腰ながらも、多少は話を聞いてみても良い、と言う雰囲気を発しながら。
もっとも、心の内側ではそんな太平楽な状態などではなく、むしろ、この部屋に来るまでよりも大きな緊張を感じていたのですが。
そう。この勝負にタバサが勝利した際には、間違いなく、戦闘状態に陥る事を覚悟した瞬間ですから。
先ほどの仮面の支配人との会話が。
「但し、ゲームに関してはこちらの方で指定させて頂きます」
そう言ってから、仮面の支配人は一度余韻を持たせるかのように台詞に間を置いた。もしかすると、仮面の下の素顔がほくそ笑んでいるのかも知れない。
そして、
「カードに因る十ゲーム勝負。先に六ゲーム取った方が勝利。
それで宜しいですか?」
……と、そう聞いて来る。
そして、その申し出は大体想定通りでも有ります。
まして、ルーレットであれほど勝ちまくって来たタバサに対して、ルーレットで勝負を挑んで来る訳は有りません。それに、サイコロにしたトコロで、基本的には数字の大小を当てるだけですから、ルーレットと同じと考えても間違いではないでしょう。
彼らは、俺のイカサマの種を知る方法は有りませんから。
対してカードの場合、運に左右される面も確かに有りますが、ある程度はその人間の実力に左右される面も存在します。
但し、こちらにディーラー役をやらせた上でのあの余裕の態度。何か、奥の手のような物を隠し持っている可能性も有るのですが……。
「クリスティーヌ。どうしますか?」
俺は、最終確認を行うかのように、自らの左隣に存在しているタバサにそう聞いた。
もっとも、答えを聞く必要など、初めから存在してはいないのですが。
タバサが、普段と同じ表情で小さく首肯いた。その内側に、強い覚悟を隠して。
その肯定のサインを受け取る俺。そして、仮面の支配人ファントムに対して、
「その勝負、お受け致しましょう」
……と、短く告げたのでした。
☆★☆★☆
それでは先ず、このカード勝負のルールの説明から。
勝負方法はカード。地球世界のワイルドポーカーのルールと同じです。カードも杯(聖職)、剣(騎士)、金貨(商人)、杖(魔法使い)の四種類の絵柄に1から13までの数字を入れて、そこにワイルドカード。地球世界ならジョーカー。この世界で言うなら虚無のカードが加えられて、一度だけ手札を交換する事が出来るルールと成って居ります。
それにしても、ここでも農民ではなく、杖=魔法使いとなるのですか。
まして、地球世界では、トランプのカードの中にジョーカーが加えられたのは、割と最近に成ってからだったと思いますが、この世界のカードでは、中世に当たるこの時代から、既にカードの中に万能の切り札が存在すると言うのも、如何にもこの世界の実情を表しているようですね。
ゲームは十回戦って、先に六勝した方が勝利。そして、タバサの方は賭けるチップが無くなった場合でも敗北すると言う変則ルール。
ちなみに、十回戦った時に五勝同士と成った場合は、それまでに得たチップの総額で勝敗が決まる事と成ります。
確かに、少しタバサの側に不利なルールと成ってはいますが、そこは、ディーラーを俺がやって居ますから、大きな問題はないでしょう。
そうしたら、先ずは、
【ダンダリオン。タバサの手札が、ギャラリーの方から覗かれる、などと言う事はないな】
一応、そう聞く俺なのですが、同時に、これは飽くまでも確認の意味だけの質問で有って、本気でそんな事を心配している訳ではないのですが。
何故ならば、このカジノの中央付近にカード用のテーブルを配置させて、そこをゲームの主戦場と定めて居ります。故に、カジノの客や従業員たちを、少なくともタバサの背後に立つ位置には入らせない事をルールに組み込ませていますから。
もし、彼女のカードが少しでも覗かれていたら、その段階で、自動的にタバサの勝利が決定する、と言うように。
まして、視線には、ある程度の魔力が籠められる可能性も有ります。普通の人間でも、視線を感じる事が出来るように、俺やタバサ。それに、二人がそれぞれ契約している式神達は、すべて、ある程度の気。つまり、魔力の流れを読みます。
邪まな視線ならば、ある程度は感じるはずですから、勝負の最中でも察知出来るでしょう。
それに、もし、この勝負にも負けた時に、このカジノが殺人祭鬼などに関わりのないカジノなら、この位置での勝負に負けた相手を、荒っぽい方法で排除する事は出来ないでしょう。
一応、違法カジノとは言え客商売です。あのカジノでは、客が勝負に勝った場合は、無事にカジノから出て来る事は出来なく成る、などと言うウワサを立てられると、以後は商売が出来なくなって仕舞いますから。
【肯定。間違いなしに、誰にもタバサの手札は覗かれていないのです】
ダンダリオンの答え。う~む。しかし、これでは、益々、どんな方法でカード勝負に勝つ心算なのか判らないのですが。
一応、このカジノ内の精霊は俺が支配しているので、少なくとも俺よりも精霊を友にする能力に長けた存在か、それとも、精神力で精霊をねじ伏せて従わせる事が出来る存在で無ければ、系統魔法を発動させる事は出来ない状態です。
そうかと言って、俺やタバサと同じように精霊魔法を使用したとしても、俺やタバサが魔力を感知するので、以後は種の知れた手品。使えるのは一度きりと成ります。
まして、カードの交換などを行おうにも、同じカードが場に二枚出て来る可能性が有るので、ディーラー以外がカードの交換を行うのは難しいのですが。
何故ならば、その場合は、最低でも二度は交換を行う必要が有りますからね。
最初に自分のカードを、イカサマ用に作ったカードと交換して勝負を行い、勝負に勝った後に、元の配られたカードと再びすり替える。
これが出来なければ、あっと言う間にイカサマがばれて仕舞いますから。
まぁ、最初は様子見で、タバサの方に虚無のカードを配って、相手の出方を見てみますか。
そして、当然のように俺とタバサには強化が施されて居ます。
更に、タバサに依頼して、俺の手元を花神の『妖精のたぶらかし』、つまり、幻影能力を使って少し認識し辛くして貰っています。
これは、いくら強化が施されているとは言え、少々怪しい動きを行うのは事実ですし、俺のカード操作は、種の有る手品です。
まして、積み込んだカードを使用しない限りは、カードをシャッフルする最初の段階で虚無のカードの在処を確認して置く必要が有りますからね。
流石に不自然な手の動きを、相手の目の前で繰り返し行う訳には行きませんから。
少し、覚束ない雰囲気でカードをシャッフルしながら、一番下に虚無のカードを持って行く俺。当然、これは演技です。まして、これで、タバサには最悪でもワンペアは保障されています。
そして、テーブルの上を滑らせるようにして、五枚のカードを配り終える。
ファントムが一枚。タバサが三枚のカードをチェンジする。
それと同時に、ダンダリオンからの【念話】。
【ファントムのカードは3と7のツーペアです】
ダンダリオンの職能は諜報。確かに、本来のダンダリオンならば、相手の思考を完全に読む事が出来るのですが、流石に俺の連れているダンダリオンには其処までの能力は存在しては居ません。
しかし、ダンダリオンの鏡と言う能力に関してはかなりの精度で実行可能。
少なくとも、目の前に存在している相手の手配を覗く事ぐらいは朝飯前です。
【Jのスリーカード】
タバサから短い【念話】に因る報告が為される。
さて、場の雰囲気に関しては、見た目から考えると、タバサを後押しする気の方が多いですか。
なんと言っても、タバサは表情には乏しいですが、それでも美少女で有るのは間違い有りません。
まして、このカジノで大金をすった人間も多いはずです。
それに、このギャラリーの中には、先ほどまでルーレットで神懸かり的な強さを発揮したタバサの恩恵を受けた人間も居るはずですから。
この場の雰囲気はタバサを後押しする雰囲気が出来つつ有ります。そして、精霊は俺が支配しています。ゲームに関しても、ディーラーを俺がやって居るので、支配していると言っても良いでしょう。
この戦は今のトコロ、タバサに負ける要素は有りません。
天の時は今のトコロ、タバサに有り。
地の利は、本来、仮面の支配人のホームグラウンドでの戦いですが、俺が、ゲームを取り仕切っている以上、タバサが有利。
人の和は、カジノの客の意識をこちらに向けているので、仮面の支配人側を圧倒しています。
この状況ならば、孟子先生がおっしゃった言葉を踏襲しているのは、間違いなくタバサの方です。そう言えば、この言葉は孔明先生も引用されていましたか。
それに、孫子の中でも、算多きは勝つ、と言われています。
既に、化かし合いの初手で、こちらに有利な条件での勝負を呑ませて居ます。
そして、相手の香に因る精神への攻撃は無効化しています。食事に一服盛った策も。
更に、俺の手の中にある勝利の方程式はひとつやふたつでは有りません。
……なのですが、漠然とした不安、と言うか、もやもやしたモノが残っているのは何故なんでしょうかね。
彼を知らずして己を知るは一勝一敗す。
孫子の兵法の中に有るこの言葉が、不安にさせている要因かも知れませんね。
そう、精神だけが別世界に行き掛けた俺を、仮面の支配人が積み上げたチップがこちらの世界に引き戻した。
仮面に隠されている為に、その表情を窺い知る術は有りませんが。
更に様子見、と言うには大きな額のチップ。
もっとも、これは多少、仕方がない面も有るのですか。
何故ならば、これまでにタバサが稼いだ額が大き過ぎるので、ちまちまと勝負をしていたら、この大きなレートでの勝負には勝利出来たとしても、今宵、このカジノでタバサが稼いだ金額をチャラに出来ない可能性も有りますから。
当然、タバサの方もその金額に応じたチップを積み上げてコール。
こちらの方は普段通りのポーカーフェイスで。
双方の役がテーブルに晒された時、ギャラリーの中から小さなざわめきが起きた。
それも、タバサに取っては有利と成る、彼女に対しての好意的な気が。
さて、勝負の結果は……。
ファントムの手札。それは、ダンダリオンの情報通り、3と7のツーペア。
タバサの方は、Jのスリーカード。但し、虚無のカードを含みます。
先ずは一勝。それに、ダンダリオンの見たままの役が晒されましたし、俺も魔力……つまり、精霊が使役された気配は感じる事が有りませんでした。精霊魔法に関しても、そして当然、系統魔法に関しても。
これはつまり、ファントムは、初戦は何もして来なかったと言う事ですか。
場に積まれたアンティ……参加料と、ファントムが積み上げたチップ。更に、彼が積み上げたチップと同額のチップを上乗せされた枚数のチップが、タバサの勝ち分に上乗せされました。
これは、ヘタな貴族の年収が吹っ飛ぶんじゃないでしょうかね。
第二戦。
ファントムの役は、ダンダリオンの情報では剣のフラッシュ。
こんな勝負は出来る訳がない。
……と言う訳で、素直に降りて置きます。
第三戦。
それまで通り、普通にシャッフルした後、積み込んだ山と、その今までシャッフルしていたカードのすり替えを行う俺。
このカードを使用すれば、タバサの方には7とQのフルハウス。ファントムの方には、5と10のツーペアが出来上がります。
まぁ、相手が小賢しいマネをして来たトコロで、相手の役が下がって、こちらは、最低でもスリーカードは担保される仕組みに成っていますから、間違いなく勝利出来る形には成っています。
しかし、現状では、普通のカード勝負に成っているのですが。
【何をくだらない事を言っているのですか。勝たなければいけないのですから、これで良いのです】
ダンダリオンの【念話】に因るツッコミ。
但し、俺はそう考えただけで有って、口に出した訳ではないですし、【念話】にして発した心算も無かったのですが……。
もしかすると、無意識の内に【念話】にして発して居たのかも知れませんが。
【ファントムの役は5と10のツーペアで間違いないのです】
更に続けて、ダンダリオンがそう告げて来る。
……って言うか、さっきの【念話】が余分で、おそらくはこちらを告げて置きたかっただけなのでしょうね。
それに、一応、現在のファントムの方の役は、こちらの予定通りの役ですので、テーブルの上に晒された時に変わっていなければ、今回も何の小細工もして来なかった事に成るのですが。
【7とQのフルハウス】
タバサからの【念話】も、こちらの積み込んだ通りの役が出来上がったと言う報告。
これも、こちらの意図した通りの展開。
ファントムが三戦連続でチップを積み上げて来る。
確かに、ワンチャンス・ポーカーでツーペアが出来上がったら、勝負に来るのは当たり前。これについては、別に不思議な事は有りません。
タバサの方も、ファントムと同額のチップを積み上げてコール。
そうしたら、テーブルの上に晒された勝負手はと言うと……。
ファントムの方は、こちらの予定通り、5と10のツーペアで間違いない。
片や、タバサの方は、7とQのフルハウス。
ファントムの方は、こちらの諜報や、積み込んだ予定以上の役が出来上がっては来ませんね。これは、今のトコロ、彼がイカサマの類を行ってはいない、と言う事の証なのだとは思います。
しかし、それにしては、ファントムの態度に余裕が有り過ぎますし、彼が発して居る雰囲気も妙に泰然としていて、追い詰められた雰囲気もない。
これは未だ、何か切り札が有る、と言う事なのですが……。
えっと、それで、再び勝負に負けたファントムは、自分で積み上げたチップと合わせて、それと同額のチップを上乗せした額を、タバサに対して支払わされました。
尚、これは、このガリアの一般的なカジノのルールではそう成っているシステムです。他の国のカジノではどう言うルールに成っているかは判りませんが、このガリアの一般なカジノでは、勝負に負けた場合、賭けたチップと同額のチップを加えて勝った方に支払うルールと成っているのです。
つまり、自分が勝てると思って5枚のチップを賭けて負けた場合は、5枚に更に5枚。合計で10枚のチップを勝った方に支払う事に成る、と言うルールなのです。
まぁ、このルールが有るから、負けると思った時には、アンティを捨ててでも素直に勝負を降りた方が良いと言う事なのですよね。
実際、タバサは第二戦ではあっさり勝負から降りて、不戦敗と成って仕舞いましたから。
それに、タバサは今まで、相手と同額でコールし続けて来ましたけど、自分の方から賭け金をつり上げる事も当然出来ます。
つまり、現在の状態を周りから見たとすると、ファントムが若い挑戦者で、その挑戦者からの仕掛けを、タバサが王の戦いを繰り広げて軽くあしらっている、と言う感じに見えているはずです。
確かに、勝敗自体は二勝一敗。双方の差は一勝の差しか有りませんが、
ファントムの方は、全ての戦いで自ら勝負に行っての二敗。
対して、タバサの方は、二回は勝負を受け、一度の敗戦に付いては、勝負を降りての一敗。自らチップを上乗せした事すらなし。
これでは、勝負勘や、負けの質までも違い過ぎます。
まぁ、戦いと言うのは、勝つ戦いを行うのではなく、負けない戦いを繰り広げるのが基本だと俺は思っていますから、こう言う勝負になるのは当然なんですけどね。
そう。勝てないまでも、負けなければ戦線を維持し続ける事は出来る、と言う考え方ですから。
「流石はお嬢様です。ですが、勝負は未だ始まったばかり。
最後には、必ず私の方が勝利していると思いますよ」
妙に自信に満ちた台詞を口にするファントム。
その白き仮面によってくぐもって聞こえるその男声が、まるで、ここではない、何処か遠い世界から聞こえて来る呪詛のような雰囲気を纏って、俺の身体の何処かに纏わり付いた。
……果たして、ヤツの台詞は、根拠のない虚勢のような物なのか。
それとも、何らかの裏付けが有った上での台詞なのか。
確かに、未だ勝負は始まったばかり、と言う事ですか。
後書き
それでは、章のタイトルの『聖痕』について。
この物語内では、五つの場所に聖痕を付ける心算です。
右手首。左手首。左わき腹。右足首。左足首。より原典に忠実な位置に刻む心算です。
但し、今回は、鮮血と共に傷痕を付けると言うようなマネを為してはいませんが。
流石に、今作では、通常の治療では回復不能と成るような傷痕を付けると、最初のティンダロスの猟犬戦で傷を付けた後に、タバサが少し情緒不安定に成る可能性を考慮しましたから。
彼女は、この戦いの時には既に、主人公に刻まれた使い魔のルーンの意味に付いては知って居ました。つまり、主人公の未来に暗い未来が待ち受けている可能性に気付いていたと言う事です。
尚、これは、本当に『生け贄の印』です。
元ネタとして、女神転生を含んでいると言いましたし、各種神話の独自解釈を行っていますから、神話に置ける英雄と呼ばれた方々の末路も当然、念頭に有ります。
更に大団円的なエンディングを用意して有る、とは言いましたが、TRPGのマスターが用意するエンディングとは、普通はひとつでは有りません。
私がマスタリングした場合は、最低でも3パターンのエンディングを用意して有ります。
普通に到達するエンディングと、少し悪い形のエンディング。
そして、物語の真の悪役を表面に引っ張り出す事に成功した真のエンディング。
TRPGのシナリオならば、真のエンディングに到達した事は有ります。PBMでは無し。
それでは、次回タイトルは、『影の国の女王』です。
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