戦国異伝
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第百十一話 青を見つつその一
第百十一話 青を見つつ
信長が瞬く間に近畿はおろか伊予以外の四国まで手中に収めたことについて徳川家でも驚きを以てこう話されていた。
「いやはや、もうか」
「織田殿は四国まで手に入れられたぞ」
「うむ、ついこの前上洛されたと思ったのにな」
それには彼等もついていっている。
「しかしもう二十国を手に入れておられる」
「今や天下一の家」
「都も完全に押さえられた」
「三好も飲み込んでしまわれた」
「七百六十万石で十九万の兵を持っておられる」
このことも話される。
「いや、これ程にまでなられるとはのう」
「全く以て予想外じゃ」
「その通りじゃ」
岡崎城、徳川家の拠点においてこう話される。黄色の衣の者達は同盟の相手である織田家の雄飛に驚きを隠せない。
それで彼等の主である家康も驚く顔でこう己の家臣達に言うのだった。
「いや、凄いのう」
「全くです」
「織田家はもう天下一ですぞ」
「このまま天下を統一できるのでは」
「それも夢ではなくなりましたぞ」
「そうじゃな」
家康は澄み切った微笑みで家臣達の言葉に頷く。
「天下は泰平に向かおうとしておる」
「そして我等はその織田家と共にありますな」
「徳川五十万石は織田家の同盟相手でございます」
「ではこのままいきますか」
「我等は」
「欲を出すことはない」
やはり澄み切った顔の家康だった。そこには何の野心もない。
「我等はついこの前までこの三河にも満足におることができなかった」
「はい、今川殿にも織田殿にも押され」
「何時どうなるかわかりませんでした」
彼等も家康に応え口々に言う。
「ましてや今の様に同盟相手がおるのでもなく」
「五十万石なぞ夢の様な話でした」
織田家の七百六十万石の前では霞む、だがそれでもなのだ。
「今我等はこうして三河と遠江の半分を領しています」
「隣には武田がいますがそれでもです」
「こうして一角の勢力になっております」
「それではですな」
「これでよい」
家康は家臣達に微笑み言う。
「多くは望まぬ」
「ですな。では三河に遠江を治め」
「織田殿の様に治めてですな」
「民を豊かにしていきますか」
「そうして」
「まずは民じゃ」
家康自身もこう言う。
「政は何の為にある」
「はい、民の為です」
「あの者達の為です」
家臣達もすぐに答える。主の問いにすぐによい勢いで答えを返す、これは徳川家の特色の一つである。
「そうしてこそ主足り得る」
「殿がいつも仰っていることですな」
「そうじゃ」
家康自身その通りだと認める。
「我等は何の為に武士なのか」
「民を守り尽くす為」
「まさにその為ですな」
「そうじゃ。民を虐げる武士は武士ではない」
家康はこうまで言う。
「それは盗人と変わらぬ」
「だからこそ政も善であるべき」
「そうなりますな」
「うむ。織田殿の政は善政じゃ」
そう言って十分なものだ、それが信長の政だ。
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