その答えを探すため(リリなの×デビサバ2)
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第22話 沈む心、甦る決意(3)
「ん……」
「あっ、純吾君。 大丈夫? 体、痛い所ない?」
意識を回復したばかりの純吾の目の前いっぱいに、心配そうな表情のすずかの顔が広がった。突然の光景に、ちょっと驚いてしまう。
心配そうな彼女の声と共に、周りでどたばたとした音が聞こえてくる。けれども、目の前はほぼすずかの顔に占拠されているため、その様子を見る事ができない。
なんで彼女がそんな表情をしているか、周りや自分がどうなっているかも分からない純吾は今、自分が彼女の膝に頭を置いていると知った。
慌てて体を起こそうとするが
「ダメッ! ……まだ、こうさせてほしいの」
くしゃりと、悲しそうに顔を歪めたすずかに押しとどめられた。その彼女の反応も分からない純吾は、言われるままに頭を戻し、代わりに彼女に聞いてみる。
「どうして、ジュンゴは……?」
「あぁ。それなんだけどね」
悲しそうな顔が、今度は苦笑に変わる。くるくると表情の変わる彼女に、さらに詳しい事を聞こうとした純吾の耳に、その原因が聞こえてきた。
「このどろぼう猫がっ! 一度ならず二度までもジュンゴに破廉恥なもん押しつけてっ!! 純粋な純吾が汚れちゃったらどうしてくれるのよっ!」
「にゃーっ! そん時はちゃんとシャムスが責任とるにゃ! 心配しにゃくとも、さっき『ずうっと一緒』ってジュンゴにゃんの許可は「んなの無効に決まってるでしょうが!」」
ぎゃーぎゃー、ごろごろ、どたんばたん。
先程の喧騒が、今度ははっきりと耳に届く。どうやら、リリーとシャムスがまた喧嘩をしているようだ。自分は何かの形でそれに巻き込まれたんだな、と純吾は当たりをつける。
原因が分かった所で、彼女たちの事が心配になった純吾は、喧嘩を止めようとまた頭を起こそうとする。それを、今度はすずかとは違う手が止めた。
「やあっと、起きたわね。この……バカジュンゴ」
アリサだ。人さし指で純吾の額を押し、小さな声で憎まれ口を叩きながら彼が起き上がるのを止めた。
彼女の頬もまた、すずかと同じように赤く、涙が伝った跡が残っていた。
「……どうして、泣いてるの? アリサ」
「っ! このバカ!! 全部あんたのっ、所為で、しょうが」
顔を真っ赤にして、こみ上げてくるものを我慢しながら、怒ったようにアリサが言った。
彼にとっては突然の事に、純吾は目を白黒させた。
そして、唐突に思い出す。シャムスを治療した後から、目の前がずっと霞がかったかのようで。彼女の笑顔を見た途端、あの光景が――前の世界の様々な場面が写り込んで来て、そこから……
「そっか……。言っちゃたんだね」
はぁ、と天を仰いで嘆息した。
純吾は自分の悩んでいる事、特に前の世界での経験に基づくものは、極力表に出さない様に努めてきた。
前の世界で見た、崩壊する街、跋扈する悪魔、そして、それらに追い詰められ段々と狂い、或いは本性をむき出しにしていく人。自分の悩みを話すという事は、それらを打ち明けなければならないということに他ならない。
そんなもの、この平和な世界では知る必要が無い。仲が良く、人としても十分に信頼のおける家族や友人に囲まれ人の善性を信じて育って彼女達に、そんな人の汚い所を知ってほしくないと思っていたのだ。
その抑えが、今回の襲撃によって耐えきれなくなった。
純吾は目の前の少女達に謝りたくなった。知らなくてもいいものを、彼女達は知ってしまった。きっと、不快な思いを、下手をしたら人に対して不信感を持ってしまったのではないだろうか、そんな後悔ばかりが頭をよぎる。
だから「ごめんなさい」、そう言おうと口を開け、「ご」と言った途端
ぎゅーーーっ
思い切り頬をつねられた。それも、普段冗談でやっている時とは比べ物にならない程の力で。
「あ、アリしゃ……。いひゃいよ」
少々涙目になりながら、純吾は自分の頬をつねり上げている少女に訴える。アリサはそれに、ふんっ、と拗ねたように鼻を鳴らして答えた。
「謝ろうとするんじゃないわよ。確かに、あんたのあれ見て気分は最悪よ。突然目の前で泣き始めるし、話聞いてたらこっちまで気分が塞ぎこんじゃうんだもん」
「あぁ、また思い出しちゃった」と、アリサは何かをごまかす様に目を擦る。そして今度ははっきりと怒った口調で、一気に感情を吐露した。
「……けどね、一番気分が悪くなったのは、私達に何の相談もなかった事よっ!
確かに、あんたが前どうしてたかなんてよく分かんないし、何を思ったかなんてもっと分かんないわ。
だけど! あんたが今! 今その事で悩んでたり、傷ついたりする事は私達でも何とかできるかもしれないの! 克服は無理でも、少しでも支えてあげる位はできたはずなのよっ! それなのに勝手に一人で抱え込んで、我慢できなくなってそんなもの見せられるなんて、ほんっと最悪だわ!!」
そう言い切ると、アリサは頬をつねっていた手を乱暴に離し、腕を組んでそっぽを向いた。自分の感情をここまで直接的に相手にぶつけた事が無かったのか、純吾から見える彼女のうなじは赤くなっていた。
「ふふっ。要するに、アリサちゃんは少しでも純吾君の力になってあげたかったのよ」
忍と恭也がいつの間にか近くに立っていた。床に座り込んでいるすずかと、そこに膝枕されている純吾を見ながら、ニタニタと笑っている。
彼女の言葉に、組んでいた腕を急にあたふたとアリサはさせ、浮かべる笑みの意味をなんとなく察したすずかは、赤くしていた顔を更に赤らめさせた。それを見て「あらあらまぁまぁ」と、彼女の義母の様に笑みを深める忍。
「まぁ、純吾君が私たちを心配してくれたように、私たちも純吾君が心配だったっていう事よ。特に、君の隣でいっつも頑張ってた子にとってはね」
そう言って、忍は彼女の後ろに隠れるように立っていたなのはを押しだした。押されるままに、おずおずと純吾の近くまでなのはが来る。純吾もそれに合わせて上半身を起こした。
「……ごめんね、純吾君」
彼と向き合うように、ぺたんと座ったなのはが小さな声で言った。俯いて長い前髪に隠された様子からは、どんな顔をして、どんな思いを持ってそう言ったかを読み取ることができない。
「純吾君が、どんな気持ちで一緒に頑張ってくれているか知らなくて。純吾君に、危険な事をずっと押しつけたままにして。ずっと純吾君に頼りっきりだったから、今日みたいな事が起っちゃったて思うの。だからほんとに……本当に、ごめんなさい」
純吾は愕然とした。自分は彼女達に心配をかけたくなかっただけなのに、どうしてここまで食い違ってしまったのだろうか?
「ちがっ…、なのはは悪くない! 全部、全部ジュンゴがわr「けれどっ」……?」
純吾の言葉を遮って、なのはが言う。
「それだよ。一つだけ、純吾君に言いたいのは。アリサちゃんも言ってたけど、どうして一人で悩んじゃうの? ……私たちって、そんなに頼りないの?」
金づちで頭を殴られたかのような衝撃を受けた。そんな事は思ってない。ただ、自分は……。
しかし自分の思いを、どうしても彼女に言う事ができなかった。
唐突になのはが顔をあげた。そこには、純吾が答えてくれない事への失望感はない。ただ何か強い、強い決意を秘めた目で純吾を見つめてくる。それが、ふっと笑みを作った。
「ごめん、ちょっと意地悪だったね。けど確かに今は、私たちは何もできてなかったから、しょうがないかもしれないよね。けど、これからは違う。私も頑張る。さっきお兄ちゃんとリリーさんにお願いしたの、戦い方を教えてって。もうあんな純吾君は見たくない、悲しんでほしくないって思ったの」
そこでなのはが目を閉じた。次の言葉に、万感の思いを込めるかのように。深い深呼吸と共にゆっくりと目を開き、再び純吾を見た。
「だから、これからの私たちを見て。少しでも純吾君の傷が少なく……悩みを打ち明けてくれるように、そんな風になって、きっとなってみせるから。
もう、純吾君一人だけに、傷を負わせたりしない。悩んだりなんてさせないよ」
「…………」
なのはの言葉を聞いて、純吾は部屋を見回した。
机の近くで、恭也と忍がお互いを支え合うように立っていた。
純吾が視線を向けている事に気が付くと、お互いの顔を見かわした後、そろって純吾に頷いた。
ノエルとファリンが、忙しなく部屋中を動いているのを見た。
喧嘩後の部屋の後始末に四苦八苦しながらも、純吾向けてに微笑み手を振ってくれてた。
部屋の真ん中近く、いつの間にか喧嘩を止めていたリリーとシャムスがいた。
お互いの頬を引っ張りあいながらも、純吾に向かって笑みを向けてくれている。
左を向く。
いつの間にかこちらを向いていたアリサと、椅子の上にたたずむユーノがいる。ユーノは純吾の視線に気づくと嬉しそうに頷き、アリサは慌ててまた顔を逸らしたけど、横顔が微かに上下するのが見えた。
後ろを見た。
すずかの、真っ赤になった顔が見えた。忍に言われた事をまだ気にしていたのか、純吾の顔を見ると恥ずかしそうに、おずおずとしながらも頷いてくれた。
そして、正面に顔を戻す。
まっすぐに純吾を見つめる、なのはがいた。純吾が周囲を見回し、彼女にポカンとした様子で視線を送るのを見て、くすっと笑った。
「ねっ。みんなも同じ気持ちなの。だからこれから、みんなで一緒に頑張ろう?」
春の木漏れ日の様な笑みを向けるなのはを見て、彼女の言葉を聞いて………純吾の顔は自然と俯いていた。
「……ほんとに、いいの?」
やがて顔をあげて純吾はそう言う。
「ほんとうは知ってほしくなかった。話す事が、怖かった。前の事はこことは違う。壊れた街、人を襲う悪魔それに、人同士が争っているところを、ジュンゴはたくさん、見た。それを知ったらみんな、嫌な気持になるって、ジュンゴ思った」
自分が言っている事を確認するかのように、純吾はゆっくりと言葉を口にする。
ここはなんて温かい世界だと思ったていた。自然と活気があふれる街、そこに住む気持ちのよい人たちそして、そんな所に迷い込んだ自分を受け入れてくれる一等温かい人たち。そんな人たちに、人の醜い所は知ってほしくなかった。平穏の中に暮らす人たちは、それをより続けられるように、穏やかな気持ち、優しい考えを持った人たちになってほしかった。
そして醜い部分を知った自分は、戦う力がある自分は彼らの代わりになろうと、そうする事でこの平和な世界を守ろうと考えていた。
そこまで考え、純吾は唐突にかぶりを振った。
そうして、さっき以上に小さな声で、恐々とした様子で話し始める。今自分が考えた事は、自分にも皆にもウソをついていると思った。
今目の前にいる彼らは無条件の信頼を寄せてくれた。だから今まで偽ってきた考えを振り払い、抑えていた気持ちを表に出そうと決意した。
「………ぅうん。怖かったのは、みんなが、変わったらどうしようって。
ジュンゴ達が、どう過ごしてきたか知って。ジュンゴや、リリー達仲魔を信じてもらえなかったらどうしようって、思った」
そうだ。怖かったのは、自分の居場所が無くなることだった。
所詮自分たちはこの世界の住人ではない。何か役に立たないと、皆に認めてもらわないとここにいてはいけないと思った。だから自分にしかできない事をした、それでいてこれ以上奇異の目で見られない様に手を打ってきた。
これが本当の、嘘偽りのない自分の心だった。
純吾はそう自分の心の内を言い終わると、のろのろと顔をあげた。顔は自分の抱えていた酷い彼女たちへの不信を打ち明けた事に、酷く怯えたように眉根を寄せていた。
そして震える唇でもう一度、問いかける。
「だからほんとうに、いいの? みんなを見ていなかった、信じていなかったジュンゴを、また、仲間にいれてくれるの?」
そう言い終わると、純吾は顔を伏せた。もう、戻れない。今この場にいる人の気持ちで、自分と、自分について来た仲魔のこれからが決まってしまう。
少しの間、部屋の中に沈黙が流れる。
「純吾君はそう言うけど……。私は、そう思うのはいけない事だって思わない」
純吾の背中に手が添えられた。それに驚いて振り向くと、すずかが顔をあげ純吾を見つめていた。
「誰だって、自分の事を大切にする。自分を守るためだったら、そうするために振る舞うし、心に嘘だってつくと思う。
……私が、純吾君と会う前はそうだったみたいに。だからね、そんな風に自分の事を言わないで。純吾君の思っていた事は悪くない、いけないことじゃないの」
すずかはそこで言葉を区切り、純吾の背中にもたれかかるようにすがった。「それに」
「それにね、純吾君は私を助けてくれた。ずっと離す事が怖かった一族の事を受け入れてくれた。
だから今度は私の番。純吾君が自分の事をダメだって否定しても、私はそうしない。私は、純吾君の事を受け入れるよ」
「すずか…」
純吾の背中から、すずかがつけている微かな香水の香りと、彼女の体温が伝わってくる。どこか安心して、眠くなるようなそれらに、純吾は夢うつつに呟いた。
「そうよ。あんたが自分の事信じられなくても、私達は信じてるの。あんたが何て言ってたか、何をしたのか、それにまぁ、気づけない事もあったけど…、何を思ってたかずっと見てたから。
だ、だからこれからもじゅ…、純吾のこと、ちゃんと見てあげて、それで自分の事信じられないだとか、間違った事してるってんなら、ひっぱたいてでも正気に戻してあげるわよ」
「……アリサ」
感謝をこめてアリサの方へむかって、頭を下げた。いきなりそうされたことに驚いたのか、「えっ、ちょっとそんな」と若干焦ったような声が聞こえるが、頭をあげれそうにない。
嫌われると、少なくとも、これまで通りではない嫌悪の目で見られると思っていた。彼女たちを助けた行動が、自身の利益の為に行ったというのだから。
けれども、彼女たちの返してくれた答えはどうだ。こんな自分を許してくれると、信じると言ってくれた。信じてくれる人がいるという事は、純吾にとってとても嬉しい事だった。
「そうだっ」という声と共に、ぽんっ、と軽く手を打つ音が聞こえた。その音に純吾は顔をあげると、いいことを思いついたと言わんばかりのなのはがいた。
「えっとね。さっきみんなで一緒にって言ったんだけど……、これって本当の意味でみんなで一緒だなぁって。
さっきまでは悩んでいたのって私達だけだと思ってたけど、純吾君も言えない悩みがあって、それをどうにかしたいって思ってるんだなぁって、今やっと気が付けて。
ええっとね、だからこれから、本当の意味でもう一度一緒に頑張って行けたらなぁって――」
咄嗟に思いついた事なのか、慌てたように手を振り、口に出しながら自分の中の考えをなのははまとめようとしている。
その中の言葉の一つに、純吾ははっとしたような顔になった。
「もう一度、一緒に」
純吾は噛みしめるようにゆっくりと、その言葉を口にした。突然声をあげた純吾に、なのはは少し不思議そうな顔をして話すのをやめる。
「もう一度……もう一度、一緒に頑張っていいの? ジュンゴは、もう一度」
“もう一度”
それは、あの世界では許されなかった言葉。一度の失敗は即自分の死を意味する極限の世界で、口にする事ができなかった言葉。
「勿論だよっ! だからこれから、一緒に頑張っていこう、純吾君っ!」
そう言って差し出されるなのはの手に、純吾はやっと、やっと自分はこの世界の住人になれたんだと、そう思った。
あの世界で見たこと、自分が行ってきたことへの恐怖に一人で震える必要はない。もう一度、そう、もう一度人を心の底から信じてもいいのだ、と。
恐々と、伸ばされた手に純吾は指を伸ばす。
軽く指先が触れあった。微かに伝わる温もりに、驚いたかのように手を引っ込める。
なのはの顔を見た。彼女は少し悲しげな顔をしたが、すぐに真剣な顔で手を差し伸べてくれる。
先ほどよりも、少しだけ近くなったなのはの小さな手。それをじっと見つめた純吾は、意を決したように力強くその手を握った。
お互いの体温が伝わるのが分かる。握った手を伝って視線をあげていくと、なのはは溢れんばかりの笑顔を浮かべているのが見えた。
「ん…、これから。これからも、よろしくお願いします」
だからそう言った純吾の顔にも、いつもより少しだけ嬉しそうな笑みが浮かんでいた。
――同日夕方、とあるマンションの一室
「ただいま…」
ガチャリという重い音と、少女の声がその部屋に響く。太陽がかげりはじめ、薄暗くなっていた玄関口が少しだけ明るくなった。
「あぁ、おかえりー。どうしたんだぃ、少し遅かったじゃないか」
少女の声を聞いて、パタパタと軽い音と共に、明るいオレンジ色の髪を伸ばした女性が玄関に少女を迎えに来た。軽い口調で少女を出迎えた女性は、少女を見た途端眉をひそめる。
「って、どうしたってんだ、そんな暗い顔して。まさか、回収に失敗したのかい?」
心配そうに尋ねる女性。少女はその長い金髪を横に揺らす事でそれに答え、無言で少女が身につけるには少々いかついネックレスを持ちあげる。
「何だい、ちゃんと成功したんじゃないか。ならそんな暗くならなくてもっ……」
少女の答えに安心したかのように喋っていた女性の言葉が、唐突に遮られた。少女が何も言わずに、女性へと縋りついていた。
「『家族なのに』、って」
ぽつりと、今にも消えてしまいそうな声で少女は言う。女性に縋りついた肩が震えていた。
「初めてのジュエルシードを見つけられて、大人しそうな猫に寄生していたからすぐに封印できるって思ってたのに。知らない魔導師の子と、訳の分からない力を持ってた男の子がいて。
男の子が、家族に何をするんだって、シャムスは、自分の家族だって必死に言ってきたのに、私……」
まとまりのないまま、震えたまま少女が話した内容で、女性は今日少女の身に何が起こり、そして何を思ったかを悟った。咄嗟に少女の背に手を廻し、強く抱きしめる。
「あぁ、つまりジュエルシードを回収することはできた。けれども、その途中で邪魔が、それも寄生された奴の家族がいて、そいつを叩きつぶさないといけなかったってんだね」
女性に体を押し付けたまま、少女は何度も首を縦に振る。
その様子を見て、あやすように背を撫でていた女性は天を仰ぎ大きなため息をついた。
「フェイト」
少女――フェイトと顔が見えるようにしゃがみ、彼女の名前を呼ぶ。紅い瞳いっぱいに涙を溜めていたまま、少女は女性と目を合わせた。
「じゃあ、やめるかい?」
しかし女性の言葉に、驚きに目を大きく見開く。つ…、とその際に溜まった涙が頬を伝って落ちていった。
「発動したジュエルシードは生物に寄生する、これは事前に知っていたはずだろう? なら、当然今回みたいなことは起こりえることだし、しかもこれ以降ももしかしたら、一回じゃすまない可能性だってあるんだ。それに、フェイトは耐えれないんだろう? たった一回でここまで落ち込んじまうんだ」
少女の両肩に手を置き、口角を釣り上げながら、女性は言葉を続ける。今の少女にとって、余りにも惨たらしい事実を突き付けてくるその言葉に、いやいやと首を振ることしかできない。
「だから、やめるかい? あんなクソババアの言う事なんて無視しちまえばいい。あいつに従わなくたって、あたしたちは生きてけるだけの力はある。
……それに、辛いってんなら逃げちまってもいいじゃないか。少なくともあたしは、そんな顔のフェイトをこれ以上見たくないんだよ」
そう言い終わった女性はもう、笑っていなかった。ただひたすらに、少女の意思を聞こうと、目をまっすぐに少女へと向ける。それに圧倒されたかのように、少女は目を逸らし、首をうなだれさせた。
沈黙が、2人の間をぐずぐずと流れる。
「……それだけは、ダメ」
やがて、先ほどよりも小さく、今にも消え入りそうな声で、少女が口に出す。
「それだけは、ダメ。ジュエルシードの回収は、“母さん”の願いで、私に期待してくれていることだから……。だからこれだけは、裏切りたくない。例え今回みたいなことがこれからも起こったって、これだけはやり遂げたいの」
無理やり絞り出すように、震え、時には小さく啜り泣きながらも、少女はそう言った。
「はぁ……」
それを聞いた女性は、先ほどとは違うため息を漏らす。そして、目の前で震える少女を再び抱き寄せた。
「分かった、分かったよ、フェイト。本当は諦めてほしかったんだけど、そこまで言われちまったらあたしの方が諦めるしかないよ」
少女を抱き寄せ、安心させるかのように背をさする。酷くゆっくりとだが、少女の震えが小さくなるのを、女性は肌越しに感じた。
「あたしも一緒にやるよ。フェイトが知った悲しみを、あたしも一緒に向き合うよ。
あたしゃバカだから、上手い解決方法なんて知らないから……。せめて、少しでもフェイトが悲しまないで済むようにしたいんだ」
「だ、ダメだよアルフっ。これは私が決めた事だから、アルフまでこんな気持ち知ってほしくなくて、だからその、えっと」
慌てたように、少女が女性から離れる。それを見てもう一度、今度は苦笑するように笑う女性。
「ならやっぱり、こんなこと止めてほしんだけどねぇ」
「うっ……。ごめんね、アルフ」
「はいはい、いいって事さね。あたしとフェイトは一蓮托生って奴じゃないか。付き合うよ、トコトンまでね」
より一層慌て始めた少女を安心させるかのように、もう一度少女を抱き締めなおす。
ぽんぽんと、背中を優しくなでる感触と、肌に伝わる女性の温もり。少女――フェイトは泣いていた顔を少しだけ微笑み、彼女への謝意を伝えた。
「ぅん……。ありがとう、アルフ」
その言葉に、小さく笑って、女性――アルフは返した。
「どういたしましてさ、フェイト」
後書き
その夜
From:Nicaea
Subject:アリアンロッドの合体解禁
『高町なのはとの縁が一定以上となりましたので、邪教の館にて新たな悪魔の合体が解禁になりました。
今回解禁されましたのは、
女神、アリアンロッドになります。
戦力の強化に、お役立てください』
ページ上へ戻る