その答えを探すため(リリなの×デビサバ2)
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第21話 沈む心、甦る決意(2)
「皆を……仲間を奪っていかないで!!」
今まで見た事のなかった、純吾の心の奥に沈澱していた過去のトラウマ。それを前にして、誰ひとりとして動く事ができない。
忍達大人は、幼く見える彼が抑え込んでいた事柄のあまりの大きさにショックを受けていたためからだ。
いつものほほんとして、同年代よりも圧倒的に成熟した人格を備えていた彼。悪魔を従え、見ず知らずのはずの家族を助けてくれた彼の事を、忍達は知らず知らずのうちに強い人間だと思っていた。
未曾有の災害を乗り越えてきたのだから、それに見合う強さを持っているはずだと。
しかし、災害を経験したからこそ、心に深い闇ができるのではないだろうか? それを、完全に失念していた。
アリサとなのはは、彼女達が理解できない程の悲しみを発露する彼の姿に心を酷く揺さぶられ、かき乱されたため。
殊更感受性の強く、そして今回彼がこうなった一因でもあるなのはは、彼女も知らないうちに涙を流しながら彼の姿を見ていた。
知らなかった。いつものほほんとした雰囲気の彼が抱えていたものを、どんな思いを持ってなのは達の手伝いをしていたのかを。
そしてあの少女と対峙した時。どんな思いで、彼が気絶した自分の為に駆けてくれたのかを。
はらはらと頬の上を熱いものが流れ続け、心の中に溶岩のように熱く、今にも体の外に吹き出しそうになる思いが湧きあがってくる。しかしその荒れ狂う感情を前にして、どうしても体を動かす事だけはできなかった。
そんな中、すずかが荒れ狂う感情を何とか抑えつけながら、彼のもとに行こうと必死に硬直した体を動かそうとしていた。
彼の悩んでいた事を少しだけ知っていたというのが大きかった。ここまで思い悩んでいたとは彼女自身予想していなかったが、彼が何かしら抱えているという事に対する心構えが事前にできていた。そして自分がどうにかしなければ、という強い使命感を覚えていたからだ。
今までくすぶり続けていたその使命感が、今明確に彼女の中に生まれおちた。
だから、彼女は彼に向って声をかけようとするが
「ジュンゴっ!!」
すずかの隣を、一つの影がまろびでるようにしながら純吾のもとへ駆けた、リリーだ。
僅かな距離を駆けた彼女は、走った勢いもそのままに、純吾を包み込むようにして抱きしめる。そして彼が落ち着くように背中をさすりながら、優しい声音で赤子に言い聞かせるように彼に語りかけた。
「ごめん……、ごめんねジュンゴ。
こんなにもジュンゴが悩んで、苦しんでたんだって、私気が付けなかった。
そうだよね、ジュンゴは優しいんだもん。あの世界でできなかった事が、ここでならできるかもしれないって頑張ってたのに。二回も上手くいかなくって、動く事ができなかったって、だから自分が悪いって、こんなにも苦しんでいるんだよね」
そうリリーは語りかけると一呼吸おいて、でもねと言い、純吾の頬を手で支えながら、彼女と目を合わせるように持ち上げた。
彼女の顔もまた、涙にぬれていた。長い睫毛に溜まったその雫が、彼女のやや切れ長で大きな目を彩る。頬は薄紅に染まっていた。それが彼女に常にない気高さと慈愛の雰囲気を与え、目を逸らす事の出来ない魅力を放たさせた。
「でもねジュンゴ。もっと周りを見て。もっと、自分がやってきた事を見つめてみて。
ジュンゴは何もできなかったって後悔してるけど、確かにあなたに助けられたものもあるの。動く事ができたのは少し遅かったかもしれないけど、それでも確かにあなたは誰かを助ける事ができたのよ」
リリーは視線を横にずらした。それを追うように、純吾も視線を移動させる。
彼らの目に映ったのは、月村家の人達にアリサ、なのはとユーノ、そしてシャムス。
「ねっ。あなたの守った縁はここに……。誰ひとりとして欠けることなく、ここにあるでしょ?」
純吾がそれを見たのを確認すると、リリーが純吾の手をとり、引っ張り上げるようにして彼を立ちあがらせた。自身の涙を手でぬぐい、涙の跡が残る笑顔を彼へ向ける。
それに弱々しく頷いた純吾の暗かった瞳に、少しだけ理性の光が灯った。
「それにほら。今日新しく仲魔になったあの子もそこに、ちゃんといるわ」
そう言ってリリーは「彼女に言わないといけない事があるんじゃないの?」と、彼を優しく押し出した。少しおぼつかない足取りで、純吾はシャムスの前へと進む。
ものの数歩で両者は対面した。シャムスは椅子に座り、驚き目を大きくあけ、口を手で覆っている。そんな彼女へ、「……シャムス」と小さく、純吾は尋ねた。
「ジュンゴは、シャムスをちゃんと助ける事ができた?」
シャムスの目がこぼれんばかりに見開かれた。
目の前の彼は彼女が傷ついている時、何もできなかった事を恥じているのか、悔やんでいるのか。俯いた純吾の手は固く握られ震えていた。
慌てたようにシャムスはその手をとる。
「もっ、勿論にゃ! シャムスはこうやって、ちゃんとジュンゴにゃんの前にいるにゃ!」
彼女に手をとられた一瞬だけ、純吾はシャムスを見た。けれどすぐに視線を逸らし、下に向ける。
彼はまだ、自身のした事に自信が無く、自身ができなかった事に悔いを残していた。だからもう一度だけ、彼女に問いかける。
「でも……シャムスが痛いって叫んでる時、ジュンゴ何もできなかった。だから」
「だから恨んでるんじゃにゃいかって? そんな事絶対にゃい、ジュンゴにゃんは、ちゃんとシャムスを助けてくれたにゃっ!!」
自分の言葉を遮って彼女が言った事に、純吾は顔をあげる。紅玉のような瞳が、彼を見ていた。先程まで爛々と生気に満ちた輝きを放っていたその瞳は涙に濡れ、先ほどとは全く違う光を宿していた。
「あのにゃんたらシードを抜かれた後、シャムスはにゃにも喋れにゃかった。体の外は雷に打たれて熱くてビリビリしてあちこちが耐えられないくらい痛かったし、魔力が中から暴れまくって、体がはちきれそうになってたからにゃ」
手を握ったまま拙い言葉遣いで、しかし必死になってシャムスは話す。
「そんな猫、普通にゃら助からにゃいってほっとくにゃ。まだこの家に拾われる前は、少しでも傷ついた他の猫はそうやって生き残っていたのを、シャムスはにゃん回も見てる」
手がきつく握られた。彼女の話を聞いていた純吾が、自身のせいでそんなにも彼女が辛い事を体験させてしまったのだと思い、無意識の内に力を込めたためだ。
自分の手を強く握られたことに、シャムスは少しだけ顔をしかめた。しかしすぐにそれを収めると、「けどっ!」と声をより大きくして、今後は自分から握り返した。
「ジュンゴにゃんは助けてくれたにゃ。あんな死にかけの猫に、『頑張って』って声をかけてくれた! 自分もふらふらだったのに、シャムスを必死になって治そうとしてくれたにゃ!
……だから、そんにゃ顔をしにゃいで。シャムスはこうやって救われたって思ってるのに、ジュンゴにゃんがそんにゃ悲しい顔をしてるのは、とっても辛いにゃ」
その言葉に、純吾は自身も雷に打たれたかのような感覚を味わった。
自分は一体何をしていたのだろうか? ただ自らの殻に閉じこもってばかりで、彼女たちの事を、本当に辛い思いをしたはずの彼女たちがどう思っているかを考えた事はあっただろうか?
目の前の暗闇が、急に晴れたかのような気がした。暗闇が晴れた目に真っ先に飛び込んでくるのは、宝石の輝きを持ったシャムスの瞳。しかし今のそれは涙にぬれて、小さな瞬き程度の光しか持っていない。
「……泣いてるの、シャムス?」
「ふんっ。ジュンゴにゃんが泣かすんだから、しょうがにゃいにゃ」
純吾の問いかけに、照れ隠しか、少しむすっとした態度でシャムスは答える。そんな様子が可笑しくて、くすっと小さく純吾は笑った。
「ん…。ごめんね、シャムス。それと」
そう言って、彼の片方の手を握っていたシャムスの手を両手で包みこんだ。
包み込んだ彼女の手は、人間大の手であるというのに、ビロードのような滑らかな紫の毛に覆われ、手のひらに肉球のある猫の手だった。
しかしその手は柔らかく、そして、温かい。
彼女は今、ここで、確かに生きている。
彼女の手から伝わってくるぬくもりに純吾は、胸の奥から何か熱いものがこみあげてくるのを感じた。
彼自身気が付かないうちに床に膝立になる。彼女の手を包んだ両手を、彼女の生をより強く感じたいと、祈るようにして自分の額にあてた。
そして、天上へその祈りを届けるかのように、彼女へと言葉を捧げた。
「ありがとう、シャムス。生きていてくれて。
シャムスが助かってくれた、生きていてくれただけで、ジュンゴは嬉しい。この世界の縁を、ジュンゴの仲間を、助ける事ができたって。そう、思う事ができた。
……本当に、ありが、とぅ。もう、絶対に誰にも傷付けさせない。
これからは、ずうっと一緒だよ。ずうっと、ずうっ…と、いっ、しょ……」
リリーは、彼女の愛してやまない契約者が、この場にいるもう一匹の仲魔に縋りつくようにして、泣きながら「ずっといっしょ」と繰り返しているのを見ていた。
口元は緩んでいるが、眉根はきゅっ、と寄せられている。純吾の心が折れることなく済んだことによる安堵と嬉しさが半分、仕方ないとはいえ自分とは違う仲魔――それもぽっと出の癖に、油断ならない――に縋りながら「ずっといっしょ」などと泣きながら言っている事への嫉妬半分の、何とも言えない複雑な感情が彼女を支配していた。
「あんな絵を見せられて黙って我慢しているなんて、少し大人になったんじゃない?」
やや皮肉交じりの苦笑が、リリーの後ろから聞こえてきた。振り返ると、いつの間にか忍と恭也が並んで立っていた。
さらにその後ろでは、ノエルとファリンの姉妹が泣きじゃくる少女たちを懸命な面持ちで慰め、あやしているのが見える。
「今のジュンゴには全部、全部の悲しい事を涙と一緒に流す事が必要だわ。ジュンゴのした約束をこれからも守れるようにするため、そして、ジュンゴ自身の心を守るためにね。
……だから、大変っ! ひっじょーに、忌々しいけどっ!! ジュンゴが落ち着くまでは我慢するしかないの」
より強く嫉妬の感情を表に出しながら、本当に忌々しそうに話すリリーに2人は苦笑した。
「まぁ、気持ちを切り替えるには、感情を思い切り表に出すのが良いだろうな。
……しかし、純吾があんな事を抱え込んでいた事に気が付けなかったとは。師匠と言われて、天狗になっていたのかもしれないな」
心持ち下を向いていた恭也が、悄然とした様子で言う。“守る”という事に関して純吾を導く立場にいる恭也が、その心の傷を見つける事ができず、守る事ができなかった。これほど彼を傷つける事はない。
「それを隠したのはジュンゴの意思よ。知ってるでしょう、ジュンゴが身内だと思った人の為なら、自分の犠牲なんて省みない性格だっていうのは。
……心配させたくなかったのよ。自分の過去を、そこで起こったことを必要以上知られたら、絶対気を遣われるって。ジュンゴはただ、この平和な生活を守りたいだけだったから」
「はぁ…。だからって、こんなになるまでほっとくなんて。純吾君が私たちを思ってくれてるのと同じくらい、私たちだって、彼の手助けをしたいって思っているのに」
やれやれといった風に、忍が嘆息した。リリーもそれにつられるように、ため息をつきながら言う。
「えぇ…。本当なら、ジュンゴはそんな事は誰よりも経験しているはずなんですけどね。やっぱり、前の世界の影響は抜け切れていないのかしら」
ため息交じりのリリーの言葉に、引っかかる点を感じた忍と恭也。まだ彼の過去にトラウマとなっている事があるのだろうか? それを詳しく聞こうとリリーへ質問しようとした忍を、少しかすれた幼い声が止めた。
「お兄ちゃん、リリーさんっ!」
目の周り赤くしたなのはが、まっすぐに恭也とリリーを見ていた。顔は泣いた影響で赤く、少しはれぼったくなっているが、恭也たちを見据える瞳には、苛烈なほどの意思の光が踊っているのが見てとれた。
「私にも、戦い方を教えてくださいっ!」
なのはが勢いよく頭を下げた。そして突然の彼女からの頼みごとに、目を白黒させる恭也たちへ更に言葉を続ける。
「私っ! 純吾君にあんな事があったなんて、どんな気持ちで私達の事を手伝ってくれてるかなんて知らなくてっ!! だから知らないうちに甘えてたって思って!
だからもう、純吾君に迷惑かけたくないから……悲しんでほしくないからっ! お願いします!!」
頭を下げ、溢れる感情を隠そうともせずに、なのはは自身の思いをぶちまけた。これまでのジュエルシード封印の時、いつも彼は体を張ってなのはを守ってくれた。だからこそ、彼女は安心して、自らの身の守りを考えることなく封印作業に集中できた。
けれども、純吾の話を聞いてしまった。彼が、どれだけ友達や仲間を失った事に後悔を、恐怖を覚えていた事を知ってしまった。そんな彼に、これ以上負担をかけるような事はもうできない、させたくない。
それはなのはの決意だった。
「まぁ……、キョーヤはジュンゴを鍛えてるから分かるけど。どうして私も?」
なのはの頼みごとに、目をしばたたかせていたリリーが尋ねた。その疑問に近くの椅子にのっていたユーノが答える。
「今回の魔導師についてですが、純吾でもあまり抵抗できずに負けてしまいましたし、空戦にかなり手慣れている感じがしました。それに使用した魔法の様子から、雷への魔力変換資質を持っています。
彼女の事を念頭に置いて訓練をするのであれば、空を飛べて、雷を使えるリリーさんに相手をしていただけるのが一番だって思ったんです」
ユーノの説明に納得したリリーは何度か軽く頷いた。
そしてゆっくりと片頬を釣り上げ、口を三日月にして笑う。
「そう、私と同じような戦い方をする子なの。そんな子が、ジュンゴにあそこまで心の傷を作ってくれちゃったわけ」
突然、リリーの体から青白い電気の火花が溢れる。同時に、体に纏わりつくそれの影響で、豊かな青みがかった黒い髪がたゆたう様に揺れた。傍らに立っていた恭也が、慌てて忍を後ろに隠す。
「上等じゃない。その子にどんなお返しをしようかしら? 本当に楽しみだわぁ……ふっ、ふふふ。あははっ。
…………なのちゃん」
名前を呼ばれてなのはが頭をあげ……恐怖に顔をひきつらせた。鬼女、そう呼ぶにふさわしい雰囲気をリリーが纏っていたからだ。
なのはの表情の変化を一向に気にした様子もなく、怖気ふるう笑みを張り付けたままリリーは告げた。
「いいわ、あなたの特訓に付き合ってあげる。言っとくけど、私は相手をするとき手加減をする気はないわ。あなたをぶちのめす気でいかせてもらうわよ」
恐怖に顔を歪めるなのはを前にしてそう言う。流石に見ていられないと、恭也が手を伸ばした時
「力が足りなくて、泣く人を見るのはこれっきりにしたいでしょ?」
ふっ、と重圧が無くなった。
寒気のする雰囲気を和らげ、真剣な眼差しで震えるなのはに問う。リリーの意思をそこに見たなのはは、段々と自分の中の恐怖が薄れていくの感じた。
「……はいっ!」
そして恐怖を完全に払しょくし、決意を秘めた表情をしてリリーに答える。一切の妥協なく、その彼女の決意を見定めるような真剣な目でじっと見ていたリリーだが、やがてふっと表情を和らげた。
「まぁ、次こそは私がジュンゴから離れるってことしないし。まずはなのちゃんの身を守れるくらいの実力を身につけることから目指しましょうか」
なのはの緊張がとけ、ぱっと花が咲いたかのように表情が華やいだ。
いつも純吾の隣に立ち、彼と戦い続けた女性。その女性に自分の事を認められたこと、それがとても嬉しかったのだ。それを見て、満足そうに何度も頷くリリー。満足そな顔をしたまま、くるりと視線を後ろに向けた。
「うんうん、やっぱり女の子は笑っていなきゃね♪ ほら、見てジュンゴ。あなたがここでみつけた友達は、こんなにもすて…き……」
リリーの満足そうに緩めた頬が、ひくひくと引きつりを起こし始める。目の前の光景を頭が処理しきれず、指一本動かす事ができなくなった。
それまでリリーの後ろ、つまり今の純吾の様子をさほど気にしていなかった面々も、なんだなんだとそちらを見やった。途端にあがる「うわぁ」とか、「これは…」という恥ずかしがるような、呆れ果てたような声。
「ジュンゴにゃ~ん。そんにゃ、にみんにゃの目の前で『ずうっと一緒』だにゃんて、シャムス困っちゃうにゃ~ん♪
あっ、勿論困っちゃうっていうのは振りだけにゃ。ほんとはむしろばっちこーい! っていうか」
ぶんぶんと。純吾の頭を自らの胸の谷間に抱き込んで、シャムスが恥ずかしさをごまかすかの様に体を振っていた。唯一自由に動かせる純吾の手が、弱々しくも必死に「このままじゃまずいっ!」とシャムスの肩を叩いている。
けれども、純吾の頭に頬を置いて満足そうに目を閉じているシャムスは一向に気が付く様子が無く。
…………あ、手が床に落ちた。
「お、お、お、おどれわあぁぁぁぁぁあああ!!! 人様が真面目な事話してる最中に何してくれとんじゃ ド 畜 生 がぁぁぁぁああぁぁぁあぁぁぁああああ!!!!」
再び鬼女と化したリリーが、ご満悦な表情のシャムスに突進していったのだった。
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