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木の葉芽吹きて大樹為す

作者:半月
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青葉時代・決着編

 目覚めた時、真っ先に視界に映ったのは泣きそうな顔の弟妹達の姿だった。

「姉者!」
「柱間様……!」

 ミトの頬を透明な雫が伝い、扉間の顔が歪む。
 顔を覆って泣き出し始めたミトの肩を抱いて、扉間が安堵した様に頬を緩ませた。

「扉間……ミト……。ここは……?」
「木の葉の里の中です! 柱間様は三日間もの間、ずっと眠っていらしたのですよ!! ど、どれだけ私達が――いえ、里の者達が心配した事か……!」

 私の体に縋り付く様にして嗚咽を零し始めたミト。
 動きの鈍い体でその背を宥める様に叩きながら、扉間へと視線を移す。
 弟の瞳が濡れている様な気がして、やんわりと苦笑を浮かべてしまった。

「なんだよ……泣きたいなら泣いてもいいんだぞ……扉間。お前は昔から……よく泣く、子だったからなぁ」
「いつの話をしているのですか! こっちは、二度と姉者が目を覚まさないかも、と心配で……心配で……!!」

 唇を噛み締めた弟にやっぱり泣きたいんじゃないかと、胸中で呟く。
 昔から何か辛い事があれば、この子は唇の端を噛む事でそれを我慢していたっけなぁ。

「あの後……、何が起こったのか聞いてもいいか……?」

 上体を寝具の上に起こし、ミトが差し出してくれる水で喉の渇きを潤しながら訊ねれば、二人が揃って瞳を揺らす。
 ぽつり、と扉間が口を開いた。

「早めに警報を鳴らした事で非戦闘民に怪我や死者は出ませんでしたが……前線で九尾の相手をした忍び達の三割近くが重傷又は死傷を負い……今も療養中です。残念な事に……死者も何名か」

 そうして告げられた主だった殉職者の名前に、志村の旦那の名前やヒカク殿を始めとするうちは一族の人々の名前も含まれていて、思わず息を詰める。

 追放されたとはいえ、自分達の頭領の犯した罪だ。

 それを率先して払拭するために、うちはの人々は自ら前線へと志願したのだろう。容易に彼らの真意が理解出来て――視線を落とす。

 両拳を固く握りしめ、意図して固い声を出して続きを促す。目覚めたばかりだが、考えなければならない事が山ほど有った。

「木の葉の弱体化は……避けられないな。これを機に、他里の者達が攻めてくる可能性が高い。早急に手を打たなければ……」
「――その必要はありませんわ」

 凛、とした中に儚さの混じった声音が思考を中断させる。
 見上げた先の灰鼠色の瞳に、私は息を飲んだ。

「――ミト? 何を言って……?」
「他里の者達に攻めさせはしません。そのために、私は九尾の人柱力となりました」
「ミト!!」

 一瞬だけ、灰鼠色の瞳が鮮血の色に変わる。
 よく見慣れた美しいアカイロを宿したその色を目にして、私は悟らざるを得なかった。

「ミト! お前、なんて事を……! 人柱力がどんな存在なのか、うずまきの系譜に連なるお前が分かっていなかった筈が無いだろう! なのに、なんでそんな事をしたんだ!!」

 ああ、確かに容易かっただろう。
 マダラに酷使され、私に力を封じられていた九喇嘛をミトの中へと封じ込めるのは。
 元よりミトは封印術に長けたうずまきの出。それだけの好条件が揃った中で出来ない筈が無い。

「大丈夫ですとも、柱間様。九尾は私の中で大人しくしてもらいます。そして私と言う『兵器』がいる以上、他国の者達は私の中の九尾を恐れて、木の葉には迂闊に手が出せません」
「そう言うことを言っているんじゃない! 扉間、何故止めなかった!?」

 悲鳴の様な声が喉の奥より絞り出される。
 銀の髪を揺らした弟が耐える様に視線を落とす。そんな私の視線から扉間を守る様に、ミトが笑って前に出た。

「扉間を責めないで下さい、柱間様。皆が賛成する中で、彼だけが最後まで私の身を案じて反対してくれました。それを振り切ったのは私です」

 やっと、お二人の――里の皆の役に立てるのですもの。

 そう宣言され、全身が硬直する。私の視界を占有するミトは嬉しそうに微笑んだ。

「これは私の意思です。――いつも私はお二人に守られてばかりで……それが嫌だった。だからこそ眠っている九尾を見た時に、これがお二人へと恩返しが出来る最大のチャンスだと思いましたわ」

 ――ごめん、九喇嘛。

 野を野放図に駆け抜けていくお前の姿が好きだったけれど、私はお前を選んでミトを切り捨てられない。
 尾獣を抜かれた人柱力は命を落とす――それを知っているからこそ、私はお前ではなくミトを選ぶしか無い。

 私の内心を知ってか知らずか、ミトはこの上無く幸せそうに微笑む。

 なんて不甲斐無い、なんて情けない。
 もっと早くに目を覚ませば、ミトの決心を止める事が出来たと言うのに。
 悔しくて、悔しくて、歯を食いしばる。涙が流れそうになるのを堪えていれば、ミトがそっと私に抱きついた。

「――……柱間様。私、九尾と話しましたの」
「……!」
「人柱力は自身の身に宿す尾獣と会話する事が出来ますのよ。それで柱間様に伝言があるのですって」

 か細い声は注意して聞き取らなければ、聞こえない。
 ミトの背に腕を回して、自分の方へと引き寄せる。くすりと耳元でミトが微笑む気配がした。

「“お前が気にするな”ですって。何の事かは分からないのですけど、柱間様には分かりますか?」
「……うん」

 不機嫌そうに鮮血の瞳を眇めながら尻尾を揺らす、彼の美しい獣の姿を思い浮かべて――私は笑った。
 ほんの少しだけ、救われた気分だった。

*****

 私とミトとの抱擁をじっと見つめていた扉間。
 弟の視線に気になる物を感じた私は、ミトの肩口に埋めていた顔を起こして視線を合わせた。

「どうしたんだ、扉間?」
「その、うちはマダラについてどうなったのか聞かせてもらっても構わないでしょうか?」
「ああ……。マダラか、あいつは死んだよ」

 体に何本もの武器が刺さって、最後には私の目の前で崖の下へと落ちていったのだ。
 あれで助かっている訳が無い――――マダラは死んだのだ。

「よしんば即死を免れていたとしても、あの怪我を負った状態で崖から落ちたんだ。……まず助からないだろう」
「姉者が死んだら……どうしようかと、思いました」

 小さく呟かれた一言に、苦笑する。
 軽く手招きして抱き寄せれば、扉間が小さく息を飲んだ。

「だーいじょうぶだ。ちょっと危なかったけどな、皆の事を思えば……踏ん張れた」

 へへ、と笑う。
 マダラとの戦いで私が頑張れたのは、そのお蔭だと心底思う。
 抱く両腕に力を込めれば、扉間の手が恐る恐る私の背に回される。

「かなりきつかったし、実際死ぬかも……と思ったりもしたが、こうしてピンピンしているだろ? そう簡単にオレは殺されやしないよ」
「相手は……あのマダラですよ……! しかも、九尾までいたし……流石に今回ばかりはオレも覚悟しました!」
「ふふふ。でも、杞憂で済んだじゃないか」

 声に出して笑えば、腹筋が痛い。
 それでも私の事を心配してくれる二人の心遣いが嬉しくて、胸が暖かくなる。

 ああ、戻って来られたんだ……と思った。
 胸にじんわりと暖かい物が広がって、体の隅々まで万遍なく満たされる。
 あのままずっとマダラとの戦いに明け暮れていたら、きっとこの場所へは戻って来られなかっただろう。

 そんな事を考えれば、体の奥で鈍い痛みが走った。

「――――っ!」
「姉者? 如何なされました?」

 心配そうな扉間に、黙って首を振る。
 そうして、軽く扉間から手を放した。

「何でも無い。流石にこのままだとあれだからな。着替えたいから二人共席を外してくれないか?」
「あら、私もですか?」
「一応オレは男って事になっているからな。オレが目覚めた事を他の人達に伝えて来てくれ」
「分かりました」
「無理はなさらないで下さいね」

 茶化した物言いのミトに、私の方もおちゃらけた態度で返す。
 そのまま二人を笑顔で見送って、私は扉の前で息を吐いた。

「…………ふぅ」

 それから、やや憂鬱な眼差しで部屋の片隅に置かれた鏡を見やる。
 鏡に映った私の顔色はあまり良くない。やはり、三日三晩眠り続けていたせいだろうか。

 首元を覆う布にそっと触れた。
 鏡の前で纏っていた服の襟元を大きく緩める。
 そうしてから、鏡の中の自分と目を合わせて、私の首元を包んでいた真っ白な包帯を解いた。

「――――っ!?」

 弟妹達の話によれば、私が眠っていた期間はおよそ三日間。
 それだけあれば、千手どころか全忍の中でもトップクラスの再生能力を誇る私の肉体は掛けられている自動治癒の効果を発動して、大体の傷ならば治してしまう。
 事実、全身を苛む気怠さこそあるものの私自身の肉体自体はほぼ完治状態であった。
 ――だと、いうのに。

「おいおい……。冗談じゃないぞ、これは」

 思わず引き攣った微笑みが浮かぶ。
 というか、こんな顔しか出来ないわ。
 他の傷――マダラとの戦闘中に付けられた他の傷は見るまでも無く癒えていると言うのに、それに比べれば遥かに軽症であるこの傷がまだ残っているなんて。

 鏡に映った私の首。
 そこには丁度、人の指を象った青黒い痣が浮かんでいた。

 ……こういうの、どっかで見た事あるぞ。――主に絞殺死体とかそういうので。
 まるで首元を囲む枷の様に見えるその痣に、眉根が顰められる。

 原因は分かっている。戦闘の最中のあの首絞めのせいだろう。というか、それしか思い浮かばない。

 にしても、三日経ってもまだ残っているなんて、かつての私では考えられない。
 ここはマダラの怨念かなにかと考えた方が良さそうだな。……執念深そうだし、あいつ。

 男と誤摩化すにはやや細めの首を隠すために、私は日常的にタートルネック系の服を利用していたのだが、今回ばかりは助かった。今更身なりを変えれば皆訝しむだろうが、火影の服といい首元を隠す物を使用すればまずバレないだろう。

 そんな事をつらつらと考える。
 そうして額を冷たい鏡に押し当てると、首元に片手の指先を添えた。

「――私は……方針こそ違えど、同じ里を守る仲間だと……思っていたんだがなぁ」

 里を襲撃する様な相手に対して情けをかける様な言動は、長として失格だ。
 以前の両親殺害との時とは全く土台が違う。
 完全なる私怨での凶行は誰であったとしても、寧ろ木の葉の里の創設者の一人であるマダラだからこそ許されないだろう。

 だから、今だけだ――私が泣き言を言うのは。

「待っていたんだからな、馬鹿野郎……」

 ――その声は誰に聞かれる事も無く、ただただ部屋の空気の中に消えていく。
 無性に、哀しかった。そしてそう思ってしまう自分の甘さを、心底苦々しく思ってしまった。 
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