戦国異伝
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第八十四話 炎天下その一
第八十四話 炎天下
柴田、そして佐久間は織田家の武辺者達と一面の兵を連れて近江と伊賀の境に向かった。しかしそこはというと。
暑かった。それは夏だからだけではない。まさにだ。
炎天下だった。彼等はその炎天下の中を具足、それに兜を着けて進んでいた。その中でだ。前田が顔の汗を手拭で拭きながらこう言ったのだった。
「暑いのう」
「全くじゃ」
隣にいる佐々がすぐにだ。前田のその言葉に頷いた。
「暑いのは当然にしてもじゃ」
「暑過ぎるわ」
「そうじゃな。暑過ぎるわ」
二人で言うのだった。
「この暑さ。どうにかならぬのか」
「水が欲しいわ」
前田はこうも言った。
「それも冷えた氷の様な水がのう」
「西瓜では駄目か」
「西瓜もよいがじゃ」
「それよりも水か」
「うむ、水が欲しいのう」
かなり切実な顔でだ。前田は述べる。
「筒の中にあったがのう」
「飲んだのじゃな」
「うむ、飲んだ」
そうしてしまったというのだ。その水は。
「それでなくなってしまったわ」
「やれやれ。では今はじゃな」
「水も何もない」
「とはいってもこの辺りは川も池もないぞ」
「そうじゃのう。本当に何もないのう」
「水がありそうな場所は何処にもないわ」
佐々は辺りを見回した。見事なまでに何もない。
あるのは草原だけでそこに水がある筈もなかった。それで汗にまみれた顔で前田に言ったのである。
「どうする?草でも噛むか?」
「それで水気を取るのか」
「そうすることはできるかのう」
「止めた方がいいのう」
率直にだ。前田はその佐々に返した。
「わし等は牛や馬ではないのじゃからな」
「まあそれはそうじゃな」
「それでそんなことをすれば口の中が切れるわ」
草によってだ。そうなるというのだ。
「そうなっては痛いぞ」
「下手に刀で切られるよりものう」
「そうじゃ。草に切られるのも案外痛い」
前田が今言うのはこのことだった。
「それで切ってはどうにもならんわ」
「それもそうじゃな。それではか」
「そうじゃ。我慢するしかない」
これが前田の結論だった。その細長い兜の下で汗をかきつつ言ったのである。
「わしとて残念に思うがのう」
「仕方ないのう。ではじゃな」
「進むしかないわ」
前田はまた佐々に言った。
「とりあえずはのう」
「それしかないのう。じゃがとにかく暑い」
その暑さをだ。身を以て感じているからこその言葉だった。
「どうにかならぬか」
「どうにもならぬじゃろう」
「おい、御主等」
話をしている二人にだ。川尻が言ってきた。
「あまり暑い暑いと言うでない」
「しかし実際に暑いぞ」
「それもかなりじゃ」
「それを言えばわしも暑いわ」
見れば川尻もだった。顔中から汗を流している。
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