戦国異伝
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第八十二話 慎重な進みその十三
「天下人としては」
「むっ、そうなるというのじゃな」
「はい、そうでは」
「そうやも知れぬな」
その信直の言葉にだ。信長はすぐに応えた。そしてだ。
あらためて家臣達に言ったのだった。その言葉は。
「天下人が忙しくなければそれで張り合いがないわ」
「張り合いでございますか」
「うむ、それがない」
信長は今度は毛利の問いに答えた。
「かえってのう」
「では日々働かれて」
「そうされますか」
「無論じゃ。政じゃ」
まさにそれだった。信長が第一に考えているのは。
そしてだ。彼は楽しげに森や池田に竹中、そして他の者達にも言ったのである。
「戦が終わってから楽しみじゃ」
「この大きな戦が終わってこそ」
「いよいよ忙しくなるというのですな」
「そうじゃ。そこからじゃ」
まさにだ。それからだというのだ。
「まことに多くの国と民を手に入れるからのう」
「では我等も」
「及ばずながら」
森と池田が言うとだ。すぐにだ。信長もその明るい笑顔で応えたのだった。
「そんなことは最初から思っておったわ」
「我等も政にですか」
「働けと言われるのですな」
「確かに織田家には武辺者もおる」
慶次に可児、彼等のことに他ならない。この二人は政には興味がない。生粋のいくさ人である。だがそうした者達がいてもだ。それでもだというのだ。
「しかしじゃ」
「それでもですか」
「あの者達は置いておいて」
「あの二人は仕方がないわ」
信長は森と池田が誰のことを言っているのかすぐに察した。そのうえでだ。
仕方ないといった顔で笑ってだ。こう答えたのである。
「あれはのう」
「確かに。あの二人が政をするというのは」
「想像できぬものがあります」
「だからじゃ。あれでよい」
また言う信長だった。
「わしはその者の個性まで潰さぬ。つまりじゃ」
「それがし達にも政ができるからこそ」
「お命じになられるのですな」
「そういうことじゃ。これでわかったな」
「はい、よく」
「わかり申した」
ここにいる二人はそのことがよくわかった。そのうえでだ。
強く応えた。丁度ここにだ。
先陣を務めている蒲生が来てだ。こう信長に言ってきた。
「殿、お話したいことがあります」
「ほう、忠三郎自ら来るとは何用じゃ」
「摂津の西、及び河内に我が軍が入りました」
「左様か」
蒲生のこの言葉を聞きだ。信長は。
すぐにまたしても楽しげな顔になりだ。こう蒲生に答えたのだった。
「よいことじゃ。では我が軍はじゃ」
「このまま進んでも宜しいのですな」
「うむ、進め」
実際にそうせよとだ。信長は蒲生に答えた。
「よいな、このままじゃ」
「畏まりました」
「さて、三好はどうするかのう」
その摂津の西、そして河内からも攻められている彼等がどう動いてくるか。信長は今このことを考えていた。そしてこう言うのだった。
「三方から攻められては誰もが辛いがのう」
「しかしそれがですな」
竹中が信長を見つつ彼に問うてきた。
「殿のお考えですな」
「うむ、一方から攻めては向こうもそこに兵を集中させてくる」
まさにそうするとだ。信長は指摘した。
「だからじゃ。それに対してじゃ」
「別の方角からもそれぞれ攻めてですな」
「敵を惑わし。そのうえでそのそれぞれからも攻めるのじゃ」
まさにだ。それこそが信長の考えだった。彼はこの考えを実際にここで話してみせたのである。
「そうしておるのじゃ」
「そういうことでございますか」
「では。我等はこのまま進む」
信長は落ち着いて諸将に告げた。
「摂津、河内、そして和泉は間も無くじゃ」
こう言ってだ。彼は自ら率いる五万の大軍を摂津に向かわせていた。手は一つ一つ打たれていき。そしてそれが大きなものとなろうとしていた。今はその最中だった。
第八十二話 完
2012・3・7
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