久遠の神話
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第三十二話 相互理解その四
「相手の親御さんに言えばな。牧場にも入られるって」
「どうかな、それは」
「それでもかよ」
「気難しい人なら。どうか」
「ああ、婿になるには資格がとか言ってくるっていうんだな」
「その危険もある」
「今時って感じだけれどな」
少なくとも中田にはだった。そうした考えはだ。
非常に古い考え、封建的な考えに思えた。封建的なものの善悪はともかくとして中田は今はそれを否定的なものとして捉えていたのだ。
そのうえでだ。彼は言うのだった。
「時代遅れだよ」
「そう思うな、君も」
「だろ?幾ら相手が大きな牧場の家でもな。それに」
「それに。何だ」
「牧場ってそんなに偉いのかね」
中田が今度言うのはこのことだった。
「身分とかあるのかよ」
「身分はない」
それはないとだ。広瀬も言う。
「少なくとも法律的、社会的にはだ」
「だよな。ないよな」
「そうだ、ない」
また言う広瀬だった。このことをだ。
だがそれでもだとだ。彼は言うのだった。
「しかしだ。別のものがある」
「プライドってやつだな」
「プライドは時として特権意識にもなる」
「まあ主観的だけれどな」
「しかし存在している」
その主観が問題だというのがだ。広瀬の今の言葉の趣旨だった。
「それがどうなるかだ」
「その親父さん達にそれがある、っていうんだな」
「その可能性がある。だからだ」
「会うのが怖いのかよ」
「そうなるかもな」
広瀬は中田の言葉、己が臆病という言葉に目を顰めさせる。しかしだ。
彼のその言葉を正面から受けたうえでだ。こう言うのだった。
「だがそれでもだ」
「一緒になりたいんだな。あの娘と」
「そうだ。そして生涯を共に過ごしたい」
「言うね。まあ俺としてはな」
「相手に言ってみるべきか」
「本当にそうしたらどうだろうな」
中田は広瀬のその目を見て述べた。
「俺はそう思うぜ」
「戦うよりもか」
「まあな。俺は戦いから離れるに離れられないけれどな」
「君の事情によってか」
「ああ、それでな」
中田は今は気さくな笑みになって広瀬に返した。
「俺にも俺の事情があってな」
「それ故にか」
「まあそういうことでな」
「君の事情か」
「それは言わないけれどな」
「俺も聞くつもりはない」
「そうなんだな」
「他人のことを詮索する趣味はない」
だからだ。興味がないというのだ。
「君も話す必要はない」
「そうか。じゃあ言わないな」
「俺のことは話した」
中田のことはいいとしたうえでだ。また言う広瀬だった。
「ではだ。後はだ」
「ああ、今日はこれで終わりだよな」
「確かにこのコーヒーはいいな」
「だろ?美味いだろ」
「紅茶が好きだがコーヒーもいい」
広瀬は微かに笑ってこう言った。
「この店のものは特にだな」
「また来るかい?この店に」
「来たい。しかしだ」
来ることは来るがそれでもだとだ。ここで広瀬はこんなことを言った。
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