戦国異伝
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第六十五話 飛騨からの使者その十一
それを言ってだ。氏康は伊達をどうかというのである。
「もし佐竹まで破られるとじゃ」
「伊達の矛先が我等にも来る」
「そうなりますか」
「あの者、東北を手中に収めてそれで満足しはすまい」
それも読んでいた。氏康とて伊達に相模の獅子と言われているわけではない。そこまでの読みを備えていた。それで今言うのである。
「間違いなく関東、佐竹もその関東におるがな」
「関東を手中にせんとする我等を狙ってくる」
「そうしてきますか」
「伊達の兵は相当な強さと聞く」
氏康は伊達のその兵のことも話した。
「水の色でしかも鉄砲を馬から撃ってくるそうじゃな」
「それがかなり厄介だそうで」
「馬の速さと鉄砲の火を併せ持っていますので」
「どの家も適わぬそうです」
「鉄砲に馬じゃな」
氏康は腕を組んだ。そのうえでの言葉だった。
「考えたものじゃ。どちらも使いでがあるものじゃが」
「それを同時にですから」
「二つが合わさっていますから」
「強くない筈がない」
まさにそうだというのだ。
「それで暴れ回るとなるとじゃ」
「みちのくの者はただでさえ寒さに強く頑健ですし」
「粘り強いですし」
「東北の兵は強くなるべくして強くなっておる」
実は北条の兵は武田や上杉と比べるとかなり弱い。武田も上杉も将だけでなくその兵達も相当な強さなのだ。まさに虎や龍の軍なのだ。
その武田や上杉の兵を脳裏に浮かべながらだ。氏康はまた言った。
「甲斐や越後の兵とも渡り合える位じゃ」
「あの国々の兵達ともとは」
「やはり相当なのですな」
「だからこそ対することは難しいな」
北条の弱い兵ではというのだ。
「できれば戦いは避けたい」
「では伊達に対するなら佐竹を助けますか」
「その時は」
「楯は必要じゃ」
その場合の楯は何かはもう言うまでもなかった。
そしてその楯についてだ。氏康はさらに話した。
「その楯を助けることもまた戦じゃ」
「さすればですな」
「その時もまた」
「武田や上杉だけではない」
武田にとっての当面の相手達だけではなかった。やはりさらにだった。
「織田や伊達もじゃ」
「北条にとっては敵となる」
「その危険もあるということはわかっておくべきですか」
「その通りじゃ。それに対するにはこの小田原の城からじゃ」
北条の拠点であるこの城はかなり大きな城だ。町や田畑も堀や石垣で囲んだとてつもなく巨大な城だ。その城からだというのである。
「あちこちの城をつなげてじゃ」
「そうして敵に対する」
「これまでのやり方をさらにですか」
「もし敵がこの小田原を攻める」
そのことが念頭にあった。氏康の中では。
そうしてあえて攻めさせてだ。そこからだというのだ。
「小田原を攻めることは容易ではないな」
「はい、それこそ何万もの兵が必要です」
「囲むだけでも」
「そうしてこの城を囲んでいる間に」
そこからが真骨頂だった。北条の護りの。
「周りの城から兵を出してその敵を攻めればよいのじゃ」
「言うなれば小田原は囮ですな。敵をあえて引き付ける」
「そうしたものですな」
「その通りじゃ。この小田原城は容易には落ちぬ」
「ですな。この城だけはです」
「そうそう容易には」
「それこそ攻め落とすとすればじゃ」
どうすればいいのか。城の主として話す氏康だった。
「十万かそれ以上の兵で囲みそうして周りの城を陥落させていく」
「そうしてこの城だけにすればですか」
「それで詰むと」
「それしかこの城を落とすことはできぬな」
不敵に笑ってみせた。ここでだ。
「そして十万の兵ともなるとじゃ」
「天下広しといえどそこまで兵を出せる家もありませぬ」
「その織田や武田ですらも」
「五万かその辺りが限度ですな」
それでどうしてこの小田原を攻め落とせるのかとだ。家臣達もこぞって話す。
そしてそうした話からだった。氏康はまた述べた。
「ではそれぞれの城はこれまで通りさらに堅固にしてじゃ」
「そのうえで互いの連絡をより確かなものにしていく」
「それですな」
「狼煙台は常に置いておけ」
狼煙で連絡を取る。それならばだった。
「それぞれの城だけでなく砦にもじゃ」
「畏まりました。それでは」
「その様に」
「わしは天下は望まん」
氏康にはそのつもりはなかった。間違いなくだ。
「わしが望むのはこの関東のみよ」
「それは安芸の毛利もですな」
「あの家もそうだとか」
「天下を望む家だけではない」
自身がそうだからこそだ。氏康も言えるのだった。
「そして天下を望む家とは相容れない。そのことをじゃ」
「肝に命じそのうえで」
「護りを固めていきましょうぞ」
家臣達も応えてだった。北条は北条で動いていたのだった。他の家と同じく。
第六十五話 完
2011・11・8
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