戦国異伝
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第六十話 四人衆帰順その八
「あの金玉を抜かれた男の書いた」
「史記か」
「確かそうした名前の書に出て来る碌でもない皇帝の」
「始皇帝か」
「いえ、それより前の」
「始皇帝の前にいるのは王じゃ」
皇帝はその秦の始皇帝からはじまる。丹羽はこのことをよく知っている。彼の場合は学問があるからだ。ここが木下と違うところだ。
「王で暴虐な者か」
「はい、始皇帝も随分無茶をした様ですが」
「あれじゃな。殷や夏の話じゃな」
「あの暴君達でしたが」
「殿は暴君ではないからな」
むしろその逆だった。信長は。
「己の贅沢なぞ求められぬ」
「まずそれがありませぬな」
生活は至って質素なのだ。金は使う時に使う主義なのである。
「見事なまでに」
「酒も好まれぬし残暴も好まれぬ」
「戦は必要とあればされますが」
「あくまで必要な場合だけじゃ」
血が流れるのもだ。最低限に抑えるのが信長なのだ。ただしやらねばならないことは何としてもやる。果断でもあるのである。
「そうした方じゃからな」
「近頃噂のあの大和の松永何がしとは違いますな」
「松永久秀か」
「はい、確かそういう名前でしたな」
「わしもあの者のことは聞いておる」
丹羽はその顔を顰めさせた。見れば木下の顔も好意的なものではない。二人はその顔でだ。その松永について話すのだった。
「あれはよからぬ者じゃ」
「確かに。噂を聞くだけでも」
「あくまで噂じゃが」
「あの松永に関する噂は殿のそれとは違い」
「多分に真実であろうな」
そうした噂だというのだ。松永のそれは。
「あの男、まさかと思うが」
「公方様も」
「過去に幾らでも先例がある」
これが大事だった。幕府、鎌倉まで遡ったそれがだ。
「考えてもみよ。鎌倉幕府でも実朝公が殺されておるな」
「甥の方にでしたな」
「そうじゃ。そもそも頼家公にしてもじゃ」
その源実朝の兄である彼にしてもだ。不穏な話があるのだ。
「北条の者に暗殺されたと言われておるな」
「そうだったのですか」
木下はこのことは知らなかった。
「鎌倉幕府は実に血生臭いのですな」
「かなりな。そもそも源氏はまず身内同士で殺し合う家じゃった」
これが源氏の因縁だった。保元の乱からはじまり源平の合戦が終わり鎌倉幕府ができる頃にもだ。彼等はまず身内で争ったのだ。
そしてその結果だ。源氏は血筋が絶えた。一人も残らなかった。
そしてだ。丹羽は今の室町幕府についても話した。
「六代の義教公がな」
「随分苛烈な方だったそうで」
「柔らかく言えばな」
苛烈という言葉ですらだ。その将軍を評するにはだというのだ。
「実に多くの惨いことを為された」
「そしてそれが為に」
「赤松氏に殺されたわ」
自分が消されると思われだ。そうして殺されたというのだ。
「まああの方は多分に因果応報じゃがな」
「しかし先例がありますな」
「しかも今は戦国の世じゃ」
条件がだ。さらに加えられた。
「それならばl公方様であろうともじゃ」
「何かあれば攻められ殺されますか」
「あの男はそれをしかねん」
松永久秀、彼はだというのだ。
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