戦国異伝
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第五十九話 一夜城その七
「誰も止めぬわ」
「その出世もじゃな」
「そんなものにはどうとも思わぬ」
「あ奴は妬まぬか」
「わしはそうしたことは好まぬ」
妬みもだ。柴田の好むところではなかった。彼はここでも生粋の武人だった。
「殿のお役にじゃ。あ奴が立つのならじゃ」
「それでよいな」
「わしはそう思う」
「それでこそ権六じゃ。それではじゃ」
ここまで話してだ。佐久間はあらためて柴田に言った。
「わしは西、御主は東じゃな」
「うむ、それぞれ向かおうぞ」
「さて、美濃を手に入れれば」
それからについてもだ。佐久間は述べた。
「いよいよ上洛かのう」
「近江を一気に突っ切ってじゃな」
「近江の北は浅井殿がおられる」
市の婿の浅井長政がだというのだ。これはかなり大きいことだ。
「南の六角だけじゃ」
「その六角が問題じゃがな」
「しかし近江を抜ければ」
まさにだ。そこにあるのは。
「都で公方様とまた御会いできるな」
「うむ、ではここで猿には頑張ってもらい」
「城を築いてもらおう」
こうした話をしてであった。
彼等は彼等の務めを果たしにそれぞれの方に向かった。そうして木下も。
船の上でだ。蜂須賀に対してこんなことを言っていた。
「では今のうちに交代でじゃ」
「交代でとは?」
「うむ、寝ておこう」
こう言うのである。
「仕事は夜じゃからな」
「だからか」
「そうじゃ。今のうちに寝ておこう」
言いながらだ。自分からだ。
船の上にごろりと横になって寝はじめた。その彼を見てだ。
蜂須賀は呆れた様に首を捻ってだ。こう彼に言った。
「また気が早いのう」
「寝られるうちに寝ておかんとな」
「それはそうだがな」
「兵達にも伝えてくれ。交代で寝てくれとな」
「そして夜にか」
「うむ、墨俣に着いたらじゃ」
夜に着く様になっている。まさにその時に備えてだというのだ。
「そこからが本番じゃからな」
「ではわしもか」
「当然じゃ。忍の者といっても何日も起きていられるか?」
「そんな筈がない」
蜂須賀はこのことは憮然とした口調ながらもすぐに答えた。
「三日起きてそれで眠くならぬ者なぞおるか」
「そうじゃな。忍といえどもな」
「御主もそうであろう」
「寝るが極楽じゃ」
これが木下の返事だった。
「そういうことじゃ」
「だからか。今のうちにか」
「寝ておくことじゃ。ではな」
「わかった。では飯も食ってじゃな」
「干し飯がある。それに干し魚にかんぴょうとかもな」
そうしたいざという時の飯を既に積んでいるというのだ。木下は用意がいい。
その他にもだ。彼はこんなことも話した。
「岸辺には握り飯や茶も用意しておるぞ」
「茶までか」
「既に手配しておいた。秀長に言ってな」
「干し飯だけでは辛いからか」
「そうじゃ。まあ墨俣までは船の上じゃ」
そしてだ。墨俣に着けばだというのだ。
「では寝るぞ」
「わかった。ではわしも今寝るとしよう」
こう言ってだ。蜂須賀もだ。
その大きな身体を船の上に横たえさせ。そして寝はじめた。昼だがそれでもだ。二人は心地よく寝た。そのうえで墨俣に向かっていた。
船達は墨俣に少しずつ近付いていく。その速さは。
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