戦国異伝
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第五十八話 墨俣での合戦その三
「だからこそじゃ」
「ではです」
「御主も共に来てくれるか」
「わしは兄上といつも一緒です」
秀長は微笑みだった。そうしてだ。
己の兄にだ。こう言うのだ。
「姉上に妹もいますがそれでも」
「男兄弟は我等二人だけじゃな」
「ですから。何時までも一緒です」
この世でだ。かけがえのない兄弟同士だからだというのだ。
「そして及ばずながら」
「頼むぞ」
木下は微笑みだ。弟に顔を向けて言った。
「御主を頼りにしておる」
「わしなぞをですか」
「御主が言ったではないか。この世でたった一人の弟じゃ」
語るその目には。深い慈しみがある。
その目で弟を見てだ。話すのだった。
「御主がいてくれてこそじゃ」
「兄上もですか」
「うむ、満足に働ける」
そうだとだ。その弟に言う。
「わしも一人では何もできぬ」
「一人ではですか」
「そうじゃ。人は一人では何もできん」
「一人の力なぞ、ですね」
「殿程になるとまた別じゃが」
信長は別格だというのだ。そして何故別格なのかもだ。木下は言えた。
「あの方は日輪じゃからのう」
「日輪ならばですね」
「うむ、お一人でも何とでもなるし。それに」
「それに」
「人は日輪に集まるものじゃ」
そのだ。人がだというのだ。
「それではじゃ」
「御一人であってもですな」
「問題はない。しかしわしは所詮は一介の猿」
自分のことは笑ってこう話す。
「猿は一人では生きられんわ」
「それでわしもですか」
「御主もじゃしねねもじゃ」
今度は女房の話もする。己の。
「あれもおらねばどうにもならん」
「ねね様ですか。あの方も」
「わしには過ぎた女房じゃ」
素直にだ。ここまで褒めるのだった。
「わしみたいな者にはな」
「それはよく仰いますが」
「人はわしならばだと言うが」
ねねを妻に迎えられたとだ。そうだというのだ。
しかしだ。木下自身はどうしてもそう思えずだ。こう言うのだった。
「違うのう、やはり」
「やはりそれはですか」
「うむ、わしにはまことに過ぎた女房じゃ」
またこう言うのだった。
「実にな」
「果報だというのですね」
「そう。果報じゃ」
「確かに義姉上はできた方ですが」
「御主がおってねねがおってじゃ」
それで果報者だというのである。
「しかも仕えている殿は見事な方じゃ」
「そしてですね」
「そうじゃ。周りもよい方ばかりじゃ」
「ですな。織田家の方々は」
「どの方も傑物じゃ」
優れた家臣達を集めているのは事実だ。それで言っているとだ。
ここでだ。急にだ。
そんな話をしている木下の横にだ。誰かが来た。それは。
山内だった。彼は笑いながらこう木下に言ってきた。
「また何か話しておられるな」
「これは山内殿」
「さては女房自慢か」
そうではないかとだ。木下に笑って問うたのである。
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