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戦国異伝

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第五十四話 半蔵の選択その六


「今や重臣の一人とか」
「確かに。あの者もですな」
「忍でしたな」
「その出は」
「そしてその忍の者達を手足の如く使う」
 滝川はそうだとだ。氏康は話した。
「そうした者じゃ」
「織田のあの急激な伸張にはですか」
「忍の者もいる」
「そうした意味では我等と同じですか」
「あの織田信長という者もまた」
 氏康はさらにだ。信長についても話をするのだった。
「人を使うのが巧みじゃな」
「そしてその巧みさで、でございますな」
「あそこまで一気に勢力を伸ばした」
「左様ですか」
「その通りじゃ。おそらくは」
 どうなのか。氏康は言った。
「あの者は美濃も手に入れるであろう」
「あの国をですか」
「八十万石を誇り豊かなあの国を」
「その手に収めますか」
「そのうえで都を目指すだろう」
 信長の戦略もだ。氏康は見抜いていた。
 そのうえでだ。こう己の家臣達に話した。
「都をも掌握する」
「あの、そうなればです」
「最早織田に対抗する家はありませぬが」
「都にその周辺まで押さえられれば」
 即ち近畿一帯のことだ。日本で最も豊かな地域だ。ただ土地が肥えているだけでなく商業も盛んだ。まさに日本の中心地である。
 そこまで織田が手に入れればどうなるか。それは即ち。
「天下ですか」
「織田が天下を収める」
「少なくともそのかなりの部分を手に入れる」
「そうなりますか」
「そうなる。そうなれば最早北条では戦えぬ」
 氏康は家臣達が出せなかったこのことを己で出してみせた。
 そうしてだ。さらに言ったのだった。
「若し戦えば滅ぶのはこちらよ」
「では殿、一体です」
「我等はどうすればいいでしょうか」
「何、動じることはない」
 だが、だった。氏康の返答はだ。こうした余裕に満ちたものだった。
 その余裕のままだ。彼は家臣達にこう話した。
「我等だけではないのだ」
「我等だけではない」
「といいますと」
「武田に上杉がいる」
 敵にもなるだ。彼等がどうかというのだ。
「あの者達と組みだ」
「そうして織田にあたればですか」
「いいというのですね」
「左様じゃ。強い相手には手を組んであたる」
 そしてそれが何かというと。
「合従連衡のじゃ」
「合従ですな」
 今応えたのは北条の長老であるだ。北条幻庵だった。彼が言ったのだ。
「それですな」
「うむ、そうじゃ」
 まさにそれだとだ。氏康も家の長老に満足した笑みで応える。
「それであたればよいのじゃ」
「織田は確かに強いですが」
「幾ら強くとも無敵ではない」
 こうも言う氏康だった。
「合従してあたればそれで対することができる。それにじゃ」
「それに?」
「それにといいますと」
「一度も刃を交えずに戦うのも好まぬ」
 こう言ったのである。
「どうもじゃ」
「では一度戦いですか」
「対すると」
「一度も戦わずに降伏する者なぞ軽く見られる」
 氏康はこう言うのだった。 
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