戦国異伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第五十二話 青と黄その十三
それは今だけでだ。そうしてだった。彼は家臣達にあらためて述べた。
「とにかくじゃ。今はじゃ」
「はい、政ですな」
「それですな」
「そうじゃ。甲斐の堤じゃが」
早速だ。堤の話だった。
「順調に進んでおるか」
「はっ、そのことですが」
今度は信繁が出て来て兄に述べる。
「今八割方できております」
「前にわしが見た時は七割じゃったが」
「今は八割です」
「左様か」
ここまで聞いてだ。信玄は。
少し考えてからだ。こう弟に告げた。
「よし、では九割まで進めたならばじゃ」
「どうされますか」
「最後まで一気に仕上げそのうえでじゃ」
「そのうえで、ですか」
「完成を祝って祭りをせよ」
今の信玄の言葉にはだ。誰もがだった。
首を傾げさせそのうえでだ。その信玄に尋ねたのである。
「あの、御館様何故ですか?」
「何故最後に祭りなのでしょうか」
「それはどうして」
「何故なのでしょうか」
「ははは、まずはじゃ」
最初にだ。どうかと言う信玄だった。
「堤を築くのに民をかなり使ったな」
「はい、その普請にはです」
「随分と駆り出しました」
「確かに民の為でしたが」
「それでも」
「そうじゃ。民を使ったことは確かじゃ」
それでだ。祭りを行いだというのだ。
「その労いじゃ。酒も馳走もふんだんに振舞いじゃ」
「民を労う」
「そうしますか」
「そうする。金はこういう時にこそ使うものじゃ」
信玄は金の使い方をよくわかっていた。金は持っているだけでは何にもならないことをだ。それでここぞという時に使う考えなのだ。
それでだ。その祭りをだというのだ。
「それにじゃ。祭りで民達が踊るな」
「はい、笛や太鼓も出しますし」
「それならです」
「踊りは当然です」
「祭りには付きものです」
「それで誰もが思いきり踏み慣らす」
信玄の指摘はここにもあった。
「それで堤を万全にするのじゃ」
「むう、だからですか」
「そうした考えもあってですか」
「祭りを行いますか」
「そうした考えもあったのですか」
「そういうことじゃ。だからこそ祭りを行う」
ここまで話してだ。信玄は二十四将にあらためて告げた。
「わかったな」
「はい、それではです」
「最後の最後に祭りを行いましょう」
「堤を築いたならば」
「これで甲斐も水害に悩まされることはない」
あくまで国のことを、そして民のことを考えている信玄だった。
そしてそれは甲斐だけではなくだ。他の国に対してもなのだった。
「信濃も駿河も治めがいがあるしのう」
「はい、それではまずは政をしましょう」
「それに専念しましょう」
こうしてだった。信玄は今は政に専念するのだった。
武田は今は動かない。だがやがて動く時が来る。それまでの力を蓄えている時に過ぎなかったのである。
第五十二話 完
2011・8・5
ページ上へ戻る