久遠の神話
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第十四話 水と木その二
「どうしても」
「上城さんは剣道でしたね」
「はい、日本のです」
「中田さんと同じく」
「剣道は敵には背を向けないんです」
それが武道だ。だからだというのだ。
「ですからどうしても」
「そうですね。では」
「はい、それはやっぱり」
できないと答える彼だった。
「剣道にはないですから」
「わかりました。ですがそれでもです」
「逃げないといけないんですね」
「死んではいけません」
どうしてもだとだ。聡美は強い声で話した。
「上城君には」
「私ですか」
「はい、村山さんがおられます」
樹里を見てだ。そのうえでの言葉だった。
「御二人はやはり」
「えっと、僕達はですね」
「あの、そういうことはです」
二人は聡美の言葉に急に狼狽しだした。
そうしてだ。こう答えるのだたt。
「あの、そんなまだキスとかは」
「ただの。何ていうか」
「あの。何も言っていませんが」
かえってだ。聡美からこう言う程だった。
「私は今は何も」
「あっ、そうなんですか」
「そうだったんですか」
「御友達と言うつもりだったんですが」
聡美は気付いていたがあえてこう言うつもりだったのだ。だが二人の方が失態を犯してしまった。先にそうしてしまったのである。
その二人にだ。聡美は表情を変えずに述べる。
「誰でもお友達がいなくなるということは」
「確かに。そういうことは」
「辛いですよね」
「はい、そのことはご経験はありますか」
「ええと、それはですね」
どうだったかとだ。上城が何はともあれ我に返りながら話した。顔は急激に赤さを消していっている。そのうえでの言葉だった。
「僕はまだ友達は死んだことはないですが」
「そういうことはないですね」
「はい、ありません」
このことはないとだ。上城は話す。
「ですが転校していったことは」
「そういうことはですか」
「あります。そうしたことを考えると」
「おわかりですね。お友達に会えなくなることは」
「何となくですがわかります」
死別ではない。だがそれでもだった。
「そういうことですか」
「はい、そうです」
「そうなんですね」
納得した顔でだ。頷く上城だった。
そうして樹里もだ。言うのだった。
「私も。お友達の転校は経験しましたから」
「ではですね」
「わかる様な気がします」
またこう言うのだった。
「そういうことですね」
「ですから」
「僕はあの人を前にしたらですか」
「逃げて下さい」
聡美の言葉は切実なものになっていた。
「何があっても」
「そうですか。逃げないといけないですか」
「生きないといけません」
切実にだ。聡美は話す。
「例え何があってもです」
「わかりました。では」
「はい、絶対にです」
また上城に言う聡美だった。
「そうして下さい」
「生きることなんですね」
「まずはそこからはじまることですから」
「剣士の戦いを終わらせることはですか」
「日本では潔く死ぬことが美学ですね」
日本人のその美学、古いそれについてもだ。聡美は言及した。
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