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久遠の神話

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第十二話 一人ではないその十二


「それでお願いします」
「はい、では」
 こうしてだった。すぐにそのダブルバーガー、巨大なハンバーグを二つ、そしてトマトやレタスを挟んだそれとだ。マッシュポテト、コーラが二セット出された。
 それを受け取ってからだ。二人は席に向かい合って座りだ。それから話すのだった。
 広瀬がだ。女の子に対して優しい声で言った。
「今日の講義どうだった?」
「私の講義?」
「うん、そっちは」
「大丈夫だったわ」
 笑顔でだ。女の子は答える。
「全然ね」
「そう。大丈夫だったんだ」
「そろそろ難しくなる頃だったけれどね」
「シェークスピアだったね」
「そう、リア王」
 それが講義に使われているというのだ。
「原文ね」
「英語、しかも」
「そう、昔の英語の文章ね」
 今の英文とは違う。それをだというのだ。
「それ勉強してるけれど」
「難しいんだな」
「普通の英語とは違うからね」
 今の英語とはというのだ。
「だからやっぱり」
「そうだろうな。それはな」
「そうなのよ。けれどね」
「けれどなんだね」
「楽しいわ」
 勉強自体はそうだというのだ。
「とてもね」
「そうか。それは何よりだ」
「そうなのよ。シェークスピアってね」
「独特の世界観があるな」
 広瀬もシェークスピアについては知っていた。
 それでだ。こう言ったのである。
「くすんでいる世界だな」
「そうそう。くすんでいてね」
「表現がシニカルだ」
「大袈裟でね。それがシェークスピアよね」
「特に悲劇は」
「俺は悲劇の方が好きだ」
 シェークスピアは悲劇も喜劇も得意だった。その悲劇がだ。広瀬はお気に入りだというのだ。そしてその悲劇の作品についてもだ。彼は話した。
「マクベスやオセローがいい」
「渋いわね」
「渋いか」
「私は悲劇だったらね」
 シェークスピアのそれならばだというのだ。
「ハムレットとかロミオとジュリエットとかの方が」
「ロミオとジュリエットか」
「ロミオだけはあれなのよね」
「何かが違うな」
「シェークスピア独特のあの大袈裟さとシニカルさがないっていうか」
 そうだというのである。
「独特の作品になってるわよね」
「そうだな。ロミオだけはな」
「癖がないっていうか」
 実はシェークスピアは癖が強い。それもかなりだ。
「だから読みやすいっていうか」
「だからか」
「ハムレットはシェークスピアの匂いが強いけれど」
「純粋な恋か」
「恋愛もの好きだし」
「それはオセローもだがな」
「オセローはちょっと違う気がするのよ」
 こう話す彼女だった。広瀬に対して。
「日本語訳でもかなり独特の。シェークスピア節?」
「そのシニカルで大袈裟な」
「そう、独特の言い回しがあって」
「福田さんの訳だな」
 広瀬が言ったのは福田恒存だ。シェークスピア訳の権威でありそれと共に保守系文化人の領袖の一人でありだ。戦後日本文化の復興と発展に貢献している。 
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