戦国異伝
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第四十八話 市の婿その五
そうしてだ。彼は言うのだった。
「まあよく見られて」
「ですね。ところで」
市は納得した言葉を出してだ。そのうえでだ。
木下達にだ。こんなことを言ってきた。
「喉が渇いたというかお腹が空きましたので」
「そうですな。それでは」
「干し飯でも食べますか?」
「それもいいですがここは名物を食するとしましょう」
木下は陽気に笑って市に応えそうしてだった。
「近江の名物といえば」
「それは?」
「鮒寿司です」
それだというのだ。
「それを食しましょう」
「鮒寿司とは?」
市は怪訝な顔になり首を左に傾げさせた。彼女の知らない食べ物だからだ。
「それは一体」
「ああ、市様は御存知ないですか」
「寿司というと」
この時代の寿司はだ。どうかというとだ。
「あれですか。魚の中に飯を入れて置いておいたものですね」
「左様、あれを鮒でしたものです」
「それが鮒寿司ですか」42
「この近江の名物です」
「ではそれを」
「はい、皆で召し上がりましょう」
こうした話をしてだ。実際に一行は鮒寿司を買ってそれを外、川辺に座って食べてみる。それを食べてから市はこう木下に言った。
「ふむ。これが鮒寿司ですか」
「如何ですかな」
「変わった味ですね」
その極端に小さくなった鮒の身を食べながらの言葉だ。
「これはまた」
「左様、珍味です」
「尾張にはない味ですね」
市はこうも言う。
「これはまた」
「尾張以外にも国はあり」
「そうしてですか」
「その国にそれぞれの料理があり味があるのです」
木下は市にこんなことも話す。無論彼も鮒寿司を食べている。その独特の味のする小さくなったものを食べながら話をしているのだ。
「そう、それぞれに」
「では。天下が一つになれば」
「はい、往来が盛んになり」
「こうしたものも今よりも食べられるようになるのですね」
「簡単に言えば」
そうだと。木下は話す。
「そうなります」
「まずはこの天下をですか」
「戦ばかりしていては美味いものも食えません」
「確かに。では戦は」
「なくなるに越したことはありません。しかし」
「それをなくす為にあえてですね」
市はもうわかっていた。この辺り流石は信長の妹であった。兄の様にやたらと行動的ではないがそれでも似ているところは似ていた。
「戦をするのですね」
「そうです。あえてです」
「戦を終わらせる為の戦ですか」
「殿はあれですぞ」
信長のことも話される。その彼のことだ。
「戦はお嫌いです」
「そういえば思ったより」
「戦はされていませんな」
「そうですね」
市は己の記憶を辿りながら述べた。実は信長はここぞという時以外はこれといって戦っていないのだ。このことに気付いたのである。
「他の家よりは遥かに」
「無駄な戦をされないのです」
「無駄な」
「そう、必要な戦だけです」
そしてだ。その戦をだというのだ。
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