戦国異伝
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第四十六話 寿桂尼その九
「だからじゃ。生きよ」
「新たな主の下で」
「この織田で」
「織田が。御主等が仕えるに相応しい者ならばじゃ」
その場合はだとだ。あくまでこう限定はするのだった。
「そうするのじゃ」
「暫し考えても宜しいでしょうか」
雪斎は言った。その真摯な顔のままで。
「このことは」
「織田を見極めたいか」
「はい、これまで我等の主は殿でした」
義元への忠誠心、これは絶対のものである。だからこそのこの言葉なのだ。
「二君に仕えずという言葉もあります」
「それがしもです」
「無論それがしも」
他の者もだ。雪斎に続く。
「確かに。我等はこのままでは浪人です」
「ですがそれでも」
「だからじゃ」
あくまで引かない彼等にだ。義元は主として穏やかに話す。
「そなた等が織田信長を見てじゃ」
「そうしてですか」
「そのうえで」
「それで決めるがよい」
あらためて己の家臣達に話すのである。
「よいな。それにじゃ」
「それに?」
「それにといいますと」
「最早今川は滅んでおるぞ」
このことを告げるのもだ。忘れてはいなかった。
「駿河も遠江も失ったではないか」
「しかし殿はおられます」
「今ここに」
「いいや、麿は最早大名ではない」
無表情になり首を横に振ってだ。義元は答えるのだった。
「国を失くせば最早じゃ」
「だからだというのですか」
「国を失くせば最早殿ではない」
「そう仰いますか」
「そうじゃ。何故大名かじゃ」
義元はそのことから定義付けて話すのだった。
「その土地を治め家臣達に土地を与えられるからじゃな」
「はい、左様です」
「その通りです」
これは鎌倉の頃から変わりない。家臣達とて霞を食べて生きている訳ではない。土地とそこから得られるものを手に入れてだ。そうして生きているのだ。
無論義元もこのことはよくわかっている。そのうえでの話だった。
「しかし麿は最早一石も持ってはおらぬ」
「だからですか」
「我等の殿ではない」
「そう仰いますか」
「その通りじゃ。その麿が言うことはじゃ」
かつての主の言葉、まさにそれになっていた。
そのかつての主としてだ。義元は彼等に話す。
「新しい主に仕えよ」
「織田に」
「織田が我等が仕えるに足る者ならばですか」
「そうじゃ。そうするのじゃ」
彼等を見渡しながらの言葉であった。
「よいな。麿が最も嫌なのはじゃ」
「我等がこのまま浪人として野垂れ死ぬ」
「そのことですね」
「その通りじゃ。それだけはしてくれるな」
くれぐれもといった口調で。義元は告げる。
「そなた等が野垂れ死ぬのだけは嫌じゃからな」
「だからこそ他の大名に仕えるべき」
「左様ですか」
「御主等ならどの家でも用いてくれる」
彼等の力はだ。主であった彼が最もよくわかっていることだ。
「武田でもよかったのじゃが」
「武田殿にお仕えするのなら最初から駿河に残っています」
「そして今すぐここを去ります」
武田については彼等は毅然として述べた。
「実際に武田殿に仕えることを選んだ者も大勢おります」
「しかし我等はです」
あくまで義元を慕って来た。そしてその義元の言葉を受けたうえで話しているのである。
ページ上へ戻る