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その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~

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#28 "finally the wizard comes on the stage"

 
前書き

月が照らし出す水面に映るのは俺の影か。
所詮俺共にあるのは月と影。
虚空に浮かぶ冷厳なる光の源。
その光によって暴かれる過去の罪。
忘却は神の慈悲。
ならば永遠の咎人たる俺は孤独のままに旅を続けるだけだ。
我は魔術師。
刻に縛られし闇の眷族なり。




 

 
【11月2日 AM 1:31】

Side レヴィ

「それで……
あん?どうかしたのか?」

込み入った話も終わり、ベニーも何とか起き出してきた。
また三人でダラダラと話をしてた時、横の席に座ってるゼロがそっぽ向いてる事に気付いた。
アタシもつられて同じ方向を見てみる。
どうせ代わり映えのしねえ連中しかいねえだろうに、何を見てやがんだ?

「二人ともどうかし……ん?見ない顔だね。最近外からの"お客さん"が増えてるけど……」

背中から届いたベニーの声を聞きながら、最近の街の事情を思い返す。
確かに街の不穏な噂を聞き付けてか、或いは中の人間が呼び寄せてるのか、外から来る輩はかなり増えてきてる。
今アタシらが見てんのもその類いか?

壁際のテーブル席に男が一人で座ってやがる。
店の中だってのに黒いロングコートを着たままの細身の白人野郎か。
サングラスをかけてやがるから、ハッキリとは分からねえが視線は此方に向かっているように感じられる。
おまけに髪は銀に近い白髪か……
見た目20代くらいだろうから、ゼロを襲ったガキってわけじゃねえんだろうけどな。

「おい。あの白髪のすかした野郎ってお前の知り合いか?」

「いや、初めて見る顔だ」

そう言いながらゼロは視線を外そうとしない。
向こうも此方を、と言うかゼロを見てやがる。
どうやら野郎は外の人間で間違いねえらしい。
この街の人間でゼロ相手にあんな態度を取れる奴はまずいねえ。
店にいる連中も気付き始めたな。
野郎の近くに座ってた連中は席を移し出したし、周りの連中も注目し始めたみてえだな。

「あのさ。一応『イエロー・フラッグ』(ここ)って中立地帯だからね。
おまけに街がこんな状態なんだし、荒事は控えた方がいいと思うよ」

ベニーが声掛けてくるんだけど、ゼロは返事もしやがらねえ。
代わりにあたしが振り返って、ベニーに訊ねる。

「なあ、ゼロの奴どうかしたのか?コイツがこんだけ(ガン)垂れるなんてよっぽどの事だぜ」

「レヴィが分からないんじゃ、僕に分かるわけがないよ。
第一ゼロの考えてる事なんて分かった試し無いよ、僕」

二人で顔を寄せ合い話し合うが、結論なんざ出やしねえ。
面倒臭くなってきたんで直接どちらかに問い質してやろうか……
アタシが少し苛つき始めたその時、

"お、おい" "た、立ったぞ" "ど、どうするつもりだ?"

店内がざわつき出す。
首だけを捻ってさっきまで見てた方を窺ってみれば、野郎が席から立ち上がってやがった。
店内中の注目を集めた野郎が次に取る行動は、

「こ、此方に来るよ」

真っ直ぐカウンターに、いやアタシらの方に向かってきやがる。
結構背は高いな。けどゼロよりは低い、か。
(つら)を改めて確認してみるが、やっぱり見覚えはねえ。
少し頬は痩けてるが、中毒者(ジャンキー)ってわけじゃなさそうだ。
鼻筋の通ってる顔はそこそこの男前と認めてやってもいいが、あたしは嫌いなタイプだ。 ヒモでもやってりゃ似合いそうなチャラチャラした野郎。
それが近距離での印象だ。
そう、この野郎カウンターに座るゼロのすぐ隣にまで来て見下ろしてやがる。
ゼロも口を引き締めたまま、ただ相手を見上げるだけ。

「………」

「………」

二人とも何も言わずただ見つめ合うだけだ。
アタシもベニーも声を掛けられなかった。
この場にいる全ての人間が沈黙を保つ中、先に口を開いたのは優男の方だった。

「この街の空は高いか?」

「……ああ、飛びっきりにな。どれだけ罪を重ねても届かない程さ」

「重ねられた罪は(あがな)うものだ。
天上へと到るための(きざはし)にはならん。
俺は身を持ってそれを思い知らされた」

「贖える罪など存在しない。それはただの自己満足に過ぎん」

「お前は正しい。
だがそれでも俺は求める。
何も得られずとも、全てが手遅れなのだとしても求め続ける。
我が魂に停滞は赦されないのだから」

「永劫に停まる事が叶わないのならば、今夜くらいはここで飲んでいけ。
安心しろ。この街は神に見放された魔都だ。
罪人が羽を休めるのに、ここほど相応しい場所はない。
咎人にも休息は必要だろ?」

「ふむ……いいバーボンはあるか?」

「勿論さ。バオ、彼にグラスを」

そうゼロから声を掛けられて、呆然と座り込んでたバオは慌てて立ち上がり、野郎にグラスを差し出す。
いつの間にかゼロの隣のスツールに座ってたソイツのグラスに、ゼロがバーボンを注いでやり、二人で飲み始める。

アタシは口を挟む事も出来ずに、ただその一連の光景を見ている事しか出来なかった。
いや、アタシだけじゃねえ。ベニーだってそうだろうし、その時店にいた全ての人間が固まったままだったに違いねえ。

ロアナプラじゃあよっぽどの事が起きねえ限り、一々動揺したりする事はねえ。
拳銃の発砲音なんざ車のクラクションくらいにしか思ってねえし、死体がそこらに転がってても、犬の糞よりも気にされない。
そんな街の連中でもさすがに今回のは驚きだったらしい。
頭の中身が沸騰しちまって戯言ほざく野郎も珍しかねえけど、片割れがゼロとなるとなあ。

「レヴィ……僕もう帰っていいかな?
ちょっと今夜はゆっくり休みたい気分だ……」

ベニー……
アタシも全く同感だけどさ。
この二人放っておいたら、それはそれで面倒な事になるような気がしねえか。

指で額を押さえながら頭痛を耐えてるアタシを尻目に二人は黙々と飲んでやがる。
さすがに何か言ってやろうか。そう思い、カウンターを叩きながら怒鳴りかける。

「おい!で、テメエはどこの……」

「ああ、やっと見つけたね。全く!
うろちょろするなと言ったはずね。勝手な行動は謹んで欲しいんですだよ」

アタシの言葉を遮るように、矢鱈訛りの強い下手くそな英語が入り口から飛び込んでくる。

そっちに目え向けりゃあ、長い黒髪のチャイナドレスなんぞ着込んだ女が真っ直ぐカウンターに向かって来る。
どうも優男の連れらしい。

「……帰りたい、家に」

ベニーがポツリと洩らすが、構っちゃいられねえ。
こんな騒動の中心にいて尻尾巻いて逃げ出したとあっちゃあ、二挺拳銃(トゥーハンド)の名が泣くぜ。

横で呑気に飲み続けてる相棒を視界の端に入れながら、あたしは近付いてくる"ですだよ"女を睨み続けていた………














【11月2日 AM 1:40】

Side ゼロ

「全くこんなところにいたか!探すこっちの身にも…ってお前、何飲んでるね!
ビールも飲めない下戸だろうが!」

「安心しろ。飲んではいない。香りを楽しんでいるだけだ。未知なるものへの探求は男の性だ」

「く、く、く……」

そういや飲めなかったんだっけ?コイツ。
確かにグラスの酒が減ってないな。
新たな闖入者と話すコイツは悪びれた様子も見せず、淡々と言葉を返す。
言われた方は怒りで肩を震わせているが。

「とにかくとっとと店出るね。
こんなとこで油売ってる場合じゃないんですだよ。
早く立てよ、ロットン!」

「待て、シェンホア」

隣でロットンが片手を彼女の顔の前に翳し発言を遮る。
そのまま空いた手でサングラスのブリッジを上げてから厳かにこう告げた。

「グラスに酒を残して出ていくのはマナー違反……」

「飲めない酒を注いでもらう時点で、マナー違反よ!」

シェンホアが噛み付くように怒鳴る。
ああ、相当苦労してるな。
黒髪の美しい結構な美女なんだが、顔には怒りと共に疲れも見える。

何だか遣り取りに年季を感じるが、この二人もう知り合ってたんだな。
互いにフリーランスの立場だろうから、やはり最近の騒動を聞き付けて、この街にやって来たか。
……或いは誰かの依頼か?

「ああ!テメエら うるせえな!喧嘩なら外でやれや!
おい、ですだよ姉ちゃん!
アンタその野郎の連れなら何処へでもちゃっちゃっと引っ張っていけよ!
アタシらの邪魔すんじゃねえ!」

俺が二人の来訪理由を考えていると、後ろでレヴィが爆発した。
最近は大人しいものだったんだが、やはりレヴィはレヴィだ。
彼女の向こう側に座るベニーはどうしたかな。
カウンターに突っ伏して顔が見えないんだが、泣いてない事を祈るばかりだ。

「やかましね!
私の英語上手なくてお前に迷惑かけたか。
言われなくても連れてくね。ロットン! 早よ立つんですだよ!」

「やはり俺に立ち止まる事は赦されないらしい。
この身は既に運命に隷属している。哀しき運命にな。ならばそれに従うのみ。
……済まんな。笑ってくれても構わない。お前に借りを残して去り行く俺を」

スツールから降り、床に立ったロットンが僅かに振り返り俺に謝意を告げる。

借り……
俺は刹那カウンターに置かれたままの手を付けられていないグラスに視線を飛ばしてから、奴にこう告げた。

「面白い男と席を並べたお陰で、今夜は美味い酒が飲めた。俺にはそれで充分だ」

そう言って俺のグラスを掲げてみせた。
ロットンは僅かに口角を上げたようにも見えたが錯覚だったかもしれない。
彼は手を挙げる事もなく、店の出口に向かって歩いていった。
それを見送っていたシェンホアも、自分のやるべき事を思い出したか、後を追い出ていこうとする。

「………」

折角の機会だ。ちょっと鎌をかけてみるか。

『シェンホア。張大兄によろしく伝えてくれ。この街の友愛と平和を祈っていると』

『……ええ。確かに伝えておきますわ』

俺の広東語はどうにか通じたらしい。
彼女は寸時立ち止まった後、その切れ長な目を更に細めながら美しい発音の広東語で返してきた。

そのまま艶やかな黒髪を揺らしながら、店を去っていこうとする彼女を遮るものは誰もいなかった。
まあ、当然だろう。いくらうちの住人達でも、今夜の出来事はさすがに、な。

しかし今度の一件は俺の予想以上に派手になりそうだな。
ダッチとも話をした方が良いかもしれん。
いや、ヨランダのところへも行く必要が……

「おい…ゼロ……」

また俺が考えに耽っていると、隣からレヴィの低い声が聞こえてくる。
そちらに目を遣れば、彼女はカウンターの上に片肘をつき手の平で側頭部を支えながら俺を見ていた。
気のせいかもしれんが、随分と疲れているようだ。彼女にしては珍しい。

「で、結局今夜の事は何だったんだ?」

そのままの姿勢で尋ねられる。麗しの三白眼で睨まれながら。

ふむ、何だったのか、か……

「月並みな言い方だが、始まりの終わりってやつかもしれん。
荒れるぜ、この街は。俺の予想を遥かに越える形でな。
正直俺と"あの二人"の出会いこそ、終わりの始まりかと思っていたんだがな。
まだ始まってはいなかったわけだ。
下手すりゃまだ役者が出揃っていない可能性すらある。
喜べ、レヴィ。デカいパーティーになるぞ、間違いなく」

俺はロットンが残したままのグラスに軽く自分のグラスを打ちつけ、一気に酒を飲み干した。
咽喉を焼けつくような熱さが通り過ぎる。
全身の血管にアルコールと共に、熱を伴った記憶が走りだす。

今回は覚悟を決める必要がありそうだ……
店の天井を眺める俺は、その時どんな顔をしていたんだろうな。






 
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