その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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#27 "She sings a song silently in the moonlight"
前書き
泣かない男がいい男か?
じゃあ、俺はいい男でなくたって構わない。
【11月2日 AM 2:01】
Side ロック
あれから二人に確認したところでは、やはり彼と彼女は双子なのだそうだ。
互いにねえさま、にいさまと呼び合い、どちらが上ということはないそうだけど。
今俺達三人は道路脇にあった廃屋の軒下に座り込んで話している。
廃屋といっても人の住んでる気配がないだけで、ボロボロに朽ちているというわけではないのだけれど。
「へえ、おにいさんって日本人なの?」
「私、日本の人なんて初めて見るわ」
二人の話をいろいろと聞いていたのだけれど、今度は俺の話をする番のようだ。
正直こんな子供達が夜中に出歩いていて良いのかなと思ったのだけれど、二人は笑って大丈夫だと繰り返すばかりだ。
この街にはまだ来たばかりだそうだから、危険性というものが分かっていないのかな?
そうも考えたのだが、聞けばここ何日も夜のロアナプラを二人で歩き廻っているそうだ。 子供の冒険好きというのは世界共通で変わらないものらしい。
さすがにこの街はちょっと、いや大分危険過ぎると思うけど。
……何かしら事情を抱えているのかもしれないな。
屈託のない笑顔を浮かべる二人の様子からは、全く悪い想像は思い浮かばないのだけれど。
二人の話を聞いてて気付いたのは、お互い以外の人間の話は一切出てこない事。
両親の話をしないのは意図的、だろうな。
これくらいの年齢の子供が夜中に徘徊して、しかも当人達は親のおの字も口にしない。
流石に二人だけでこんな街に来たわけではないだろうから、誰か"保護者"がいる事は間違いないのだろう……
「おにいさん?どうかしたの」
「え? ああ……」
隣に座る二人の顔を見つめながら、自分の考えに没頭してしまっていたようだ。
俺の肩の位置より頭一つ分ほど低いところから二人が覗き込んでくる。
並ぶ二つの顔は本当によく似ている。
色の白い整った顔は昔写真で見た陶器人形のようだ。
どこか浮き世離れした雰囲気を持つ二人。
彼らは本当にこの世の人間なのだろうか?
俺に向けられる二対の鳶色の瞳に魅了されながら、俺の脳裡に浮かんだのはそんな疑問。
馬鹿な事を考えてるとは思わなかった。寧ろこの子達には相応しいのではないか、と。
輝くような銀髪を備え、天使のような笑顔を持つこの二人には。
「ど、どうもしてないさ。ただ君達が羨ましくてね。とても、仲が良さそうだから」
思わず吃りながら返事をする。
俺、ちょっと変になってるかな?
右手の甲を頬に当ててみる。
……ちょっと熱くなってるかも。
「ふふ 僕らが仲が良いのは当たり前だよ。僕とねえさまはどんな時も一緒だもの」
「ええ 私とにいさまは離れる事はないの。永遠にね。
おにいさんは?寂しい人なの?」
真正面から訊ねられて少し落ち込んだ。やっぱり子供って残酷だな。
「俺には君達のような兄姉はいないけど仲間がいるんだ、この街にね。
変わった連中ばかりだけど良い奴らだよ。
こんな俺でも受け入れてくれたんだ。
嬉しかったよ、本当に。
嬉しかったんだ……本当に……
何もかもに見捨てられた気がして、何も持たない自分に気付かされて、本当にどん底の状態で、そんな時に救われたんだ」
少し微笑んで横の二人を見遣る。二人とも黙って俺を見上げてる。柔らかい微笑を浮かべたまま。
「みんなには感謝してるんだ。特に凄くお世話になった奴がいてさ。ソイツって普段無口で何考えて……」
言葉が途切れる。
"アイツ"の顔を思い浮かべた途端、胸が苦しくなる。
肺から脳へと酸素が送られるのを、誰かの手で遮られているかのようだ。
頭がガンガンと響く。
上手く息が吐き出せない。
右手で胸を押さえる。
目の前に星がちらつく。
こんな事って…あるのか……
ただ思い浮かべただけで…俺、そんなに、アイツの事……
「大丈夫だよ、おにいさん」
「………………え?」
痛みが引いていく。
呼吸の仕方を思い出す。
ただ目の前は真っ暗なままだ。
何かに塞がれてる?
何に?
……髪を撫でられてる、小さな手で。目を塞ぐ何かの正体を悟る前に後頭部に暖かな感触を覚える。
「辛い事があったんだね、分かるよ」
「私達もたくさんたくさん辛い目に会ってきたの。
だから分かるわ。おにいさんがとってもいい人だって事が。
いい人は好きなの、私達」
目蓋の裏が熱くなる。
胸に置いた手から力が抜け、身体の脇に垂れ下がる。
鼻の奥に痛みが走る。
喉をしゃくり上げて震わせてしまう。
何も考えたくない。
情けない自分も、理想の自分も。
過去の自分も、現在の自分も。
今はただ……
「おにいさん……」
俺の髪の表面を柔らかい手が往復する。
顔を一層強く押し付ける。
頬を流れる涙を隠したかったのか、別の理由からそうしてしまったのかは分からなかったけれど。
やがて耳には美しい歌声が届く。
本当にここはロアナプラなのか?
僕は気付かない内に死んで天国にでも来てるんじゃないのか?
それでもいい。それならそれで構わない。
こんなに安らいだ気持ちになれるなら。
こんなに綺麗な歌声が聞けるのなら。
何でもいい。俺を救ってくれるなら誰でもいい。
今はただこうしていたい。ただこうして……
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