その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
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#25 "Rock is wandering around the street"
前書き
人の出会いは神が定めしもの。
人たる身には抗う事は出来ぬ。
されど人よ、嘆く事なかれ。
神はやはり慈悲深し。
汝の前に広がるはただ広野のみ。
道は己が手で切り開け。
神はただ遥か高みにて見守られるばかり。
これぞ神の愛。
これぞ人の生なり。
【11月2日 AM 1:19】
Side ロック
ロアナプラの夜は意外に明るくない。
通りを歩きながら改めて実感した。
もっとも日本は世界の中でも特に明る過ぎな国だそうだが。
以前NASAが発表した衛星写真の中で、宇宙から見た地球の夜景というものがある。
地球の経済活動を調べる目的で撮影されたそれは、地球の表面で強い光が恒常的に発せられている場所ほど強く黄色く輝き、光が発せられていない場所は黒いままというものだ。
その写真の中で日本はほぼ全土が黄色に染まっていた。
アメリカですら一部が輝く程度で、世界の大半は闇に染まっていたというのに。
街灯や店の明かりで常に煌々と照らし出している日本という国は、一体何を覆い隠そうとしていたのだろうか。
眠れない夜は何だかとりとめもない事を考えてしまう。
街灯もまばらなこの辺りでは通りを歩く人の姿もあまり見掛けない。
実際自分のアパートを出てから、少し離れたこの通りまで歩いて来たが誰にも出くわさなかった。
無論中心部と言うか、ローワンさんの店があるような通りではまた様子も違うのだろうけど。
眠れぬ夜を過ごす方法もいい加減考え尽くし、気分を変えるために外を歩く事にした。
さすがにネクタイまではしなかったけど。
この街はマフィア達が仕切る悪徳の都ではあるのかもしれないが、街そのものが特別というわけではない。
彼らの影響力こそ街全体に拡がっているのだろうが、別にそこら中に怪しい店があるわけでも、スラム街があるわけでもない。
街そのものは至って普通と言っていい。
新宿あたりの方がよっぽど魔都の名に相応しいかもしれない。
自分の生まれた日本という国は、世界一平和で安全だなんて思っていたけど分からないものだ。
何事も経験してみなくては。
そう言えばこの街に来た当初は、夜に一人でぶらつくなんてあり得ないと思っていたっけ。
空に浮かぶ月を眺めながらそんなことを考えた。
此方では星も綺麗によく見える。
星座に詳しくはないが、日本の空とは広がるその図形も違うはずだ。
東京じゃあ星なんて見えないし、見ようとも思わなかったけど。
俺が一人で街を歩いても平気な理由。
それはやはり俺がラグーン商会の人間だという事実が大きい。
あまり裏の事情に詳しくない一般の人達ならともかく、多少なりともこの街の裏に関わってる連中は間違っても手は出さないそうだ。
これはベニーが言っていた事なので、信用できる。
彼もこの街に来て二年ほど経つそうなのだけど、一度も喧嘩すら売られた事もないそうだ。
彼から貰った助言によると、もし面倒事に巻き込まれたら必ず自分がラグーン商会の一員であり、自分に何か有れば二挺拳銃 が黙っていないと告げろとの事だ。 そうすれば大半の人間は顔を青くして去っていくと。
もし、 それでも退かない勇敢な連中がいた場合は、ゼロの名を出すといいそうだ。
その名前を聞いて逃げないような奴は最初から俺達程度には絡んで来ないそうだ。
全くあの二人は大したものだ。
本当に……
「え?」
空を見上げていたままの首を下げ、煙草でも取り出そうかと立ち止まったその時。
俺は彼等に気付いた。
「子供? それも二人……」
道の先では黒い服を着込んだ二人の子供が並んで空を見上げていた。
一人は何か長い棒のようなものを抱えている。もう一人は手ぶらのようだけど、
「……珍しいな。この辺りで子供なんて」
ロアナプラでも当然ながら子供はいる。
中にはいわゆるストリートチルドレンもいて俺も財布をスラれた事がある。
と言っても彼の技術は拙く、盗られた時にすぐに気付いたが。
俺は特になにも言わなかった。
大した額が入っていたわけでもないし、それで彼が何日間か生き延びられるのなら、と。
もっともその財布はあっさり僕の元へと戻ってきた。
一部始終を見ていたレヴィが彼から取り戻したのだ。
レヴィ曰く、小さな悪事も見逃せばそれは大きな悪事へと繋がっていく。
あのガキがいつか海に浮かんだ時、お前は何て声を掛けるんだ?とまで言われた。
ゼロに言わせると生きる事は戦いであって、バレるような盗みをする奴は生き残る能力が 欠けている、だそうだ。
「えっと、君達どうかしたの?」
その時の彼以上に生き残る能力に乏しい俺は逞し過ぎる二人の顔を振り払って、夜空を見上げる二人に近付き声を掛けた。
俺の声に反応し、同時に視線を俺に向けてくる二人は髪の長さこそ違えど、顔の造作は全く同一にしか見えなかった。
双子、なんだろうか?
ただよく二人の服装を見れば、髪の長い子の方はスカート姿だが、髪の短い子は半ズボン姿だ。
確か一卵性なら男女の双子というのは、あり得なかったと思うけど……
「おにいさん?僕達に何かご用かな」
髪の短い子の方が訊ねてくる。
澄んだ笑顔を向けられ少しドキリとする。
服装も小綺麗なものだし、言葉もこの辺りの訛りがない。何処の子なんだろう?
「あ、えっと、怪しいものじゃないんだ。
こんな夜中に子供が歩いていたものだから、ちょっと気になって」
後から思えばこの時の俺は十分に怪しい。
言葉もしどろもどろで、汗も出てたんじゃないだろうか。
日本だったら通報されてもおかしくないレベルの不審人物だ。
自分でも何故だか分からなかったが、二人の子供を前にしてやけに緊張していた。
本当に何故なんだろう?
可愛らしい無害な子供を目の前にして、こんなに緊張するなんて。
別に危険な獣の檻に閉じ込められたわけでもないというのに。
「ふふ それで僕達に声を掛けてきたの?
おにいさんは良い人だね。そう思わない? ねえさま」
「クスクス その通りね、にいさま。
このおにいさんはとっても良い人なのよ。分かるわ、私には」
ああ、やっぱり此処等の子供じゃないのかな。
二人だけで交わされた会話は、英語ではなく違う言語が使われていた。
欧州圏である事は確かだけど、何処の国かまでは分からないな。
何とか聞き取れたのが、
"フラッティ マイ ソウル"
"ソゥラ マイ マアレ"
その二つの言葉だけだった。
俺はこうして出会った。
耳慣れない言葉を使い、どこか不思議な雰囲気を漂わせる美しい銀色の髪をした二人の子供達に。
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