戦国異伝
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第三十六話 話を聞きその九
「しかし。度を過ぎればじゃ」
「何ごとも過ぎたるはですか」
「そうじゃ。氏真様はまさにじゃ」
その過ぎたというのである。
「こう言っては何じゃが殿もな」
「殿もですか」
「うむ、当初から文を愛された」
義元にしてもだ。そうだというのだ。
「じゃが今川の主となられてから公卿の方々とよく共におられるようになり」
「それが余計に」
「なられてしまった。それが大事にならなければよいが」
「ではそれにつきましては」
「我等が果そう」
雪斎とだ。元康とでだというのだ。
「よいな、この戦でもじゃ」
「はい、それでは」
「竹千代、どうなろうとも」
雪斎は前を見てだ。元康に語った。
「生きよ」
「生きよと申されますか」
「そうじゃ。御主は生きなければならん」
切実な顔で彼を見据えての、そのうえでの言葉だった。
「よいな。何があろうともじゃ」
「またどうしてその様なことを」
「御主の才故じゃ」
彼がどれだけの才覚の持ち主かは師である雪斎が最もよくわかっていた。だからこそ言うというのである。
そしてだ。さらに言うのであった。
「その才が若くして消えるのはあまりにも惜しい」
「だからでございますか」
「そうじゃ。それにわしは御主が好きじゃ」
人間としてもだ。そうだというのだ。
「その御主が死ぬのは耐えられぬわ」
「では」
「いざとなれば逃げよ」
それは決して恥ではなかった。戦国の世では戦に負けることも常だからだ。それで逃げるなというのはだ。愚か者の言うことだからだ。
「その為に水練も馬術も教えておいたのだからな」
「その二つをでございますか」
「いざとなれば逃げるのは一人じゃ」
誰が逃げるのでもない。逃げるのは自分自身だからだ。
「だからじゃ。よいな」
「馬術と水練を使い」
「そのうえで逃げよ」
また言う雪斎だった。
「よいな。そうせよ」
「そうして宜しいのですね」
「そうせよ。わかったな」
「はっ、ではその時は」
「さて。あと少しで尾張に入る」
雪斎は話を戦に戻した。その尾張のことにだ。
「すぐに二つの砦を攻めるか」
「そうしましょう」
「片方を重点的に攻める」
策についてもだ。話すのだった。
「その間片方は取り囲んだままにしておく」
「では一方に兵を集め」
元康は雪斎の考えがわかった。それで言うのだった。
「そのうえで集中的に攻めますか」
「そうじゃ。囲んだままの方に兵はそれ程度置かぬ」
そうするというのである。
「一方を陥とせばもう片方も自然に陥ちる」
「ではその様に」
「鷲津じゃな」
どちらを攻めるかとなるとだ。そちらだというのだった。
「そちらを先に攻めるか」
「そちらにしますか」
「そこに佐久間大学がおる」
それが大きいとだ。顔を鋭くさせて言うのであった。
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