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戦国異伝

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第三十六話 話を聞きその八


「心配性じゃな」
「戦でございますから。何かあれば困るとのことです」
「わしが討たれたりすればか」
「はい、若しそうなればです」
「戦もまだだが」
 それはこれからだ。しかし氏真はそれをもう心配していたのだ。
 それでだ。先陣の彼にだ。あえて尋ねてきたというのである。
「それでもなのか」
「そろそろ敵に遭うのではないかとも仰っていました」
「いや、それもまだだ」
 敵の先陣と遭うのもだ。まだなのだった。確かに二つの砦には近付いてきている。しかしそれでもまだ敵そのものには遭っていないのだ。
「まだなのじゃ」
「そうですな。ではそれもお伝えしておきます」
「うむ、頼むぞ」
「ああ、それとです」
 使者は帰ろうとしたところでだ。ふと思い出した顔になってだ。
 そのうえでだ。元康にこんなことを話してきた。
「氏真様からですが」
「うむ、他には何と仰ってたのだ」
「次の戦では轡を並べたいと」
 そうしたいとだ。氏真が言っていたというのだ。
「そう仰っていました」
「何と、その様なことをか」
「はい、仰っていました」
 そうだとだ。使者は話すのだった。
「その様にです」
「左様か。それではじゃ」
「はい、それでは」
「こう伝えてくれ」
 元康はにこりと笑ってだ。そうしてだ。
 その使者に対してだ。こう告げたのであった。
「それがしもそうしたいとな」
「今度の戦ではですね」
「うむ、そうじゃ」
 まさにだ。そうだというのである。
「そうしたいとな」
「わかりました。それではその様に」
「頼むぞ。ではな」
「それでは」
 使者は一礼してから元康の前を去り本隊のところに戻っていく。その彼を見送ってからだ。元康と使者のやり取りを見ていた雪斎はこう述べたのだった。
「氏真様はのう」
「何かありますか?」
「お優しい方じゃ」
 彼の人柄をだ。こう評したのである。
「下々の者に対してもそうじゃ。気さくな方じゃ」
「確かに。そうでございます」
「政も好まれるし文もされる」
 治水や開墾、それに町の手入れが好きである。そして和歌についてはだ。それこそ嗜むというものではないのだ。それこそなのだ。常に和歌を歌っているようなものなのだ。
「蹴鞠は絶妙、剣も免許皆伝じゃ」
「素晴らしい方です」
「しかしじゃ。今にはあまりにも優雅でお優し過ぎる」
 雪斎の顔がだ。顰められた。
「一人を相手にはできても兵を率いるのは不得手な方じゃ」
「それはかなり」
「うむ、戦国の世には向いておらぬ方じゃ」
 戦国大名という意味で、である。
「だからのう。危ういのじゃ」
「戦がなのですか」
「戦のできぬ方じゃ」
 氏真の問題はだ。そこだというのだ。
「あまりにも公卿の方々の影響を受け過ぎた」
「よいことではないのですか」
「文を知るのはよい」 
 それ自体には何の問題もないというのだ。 
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