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戦国異伝

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第三十五話 奇妙な砦その七


「伊勢や美濃を飲み込むであろう」
「あの二国をですか」
「共に飲み込むとなると」
「そうなれば」
「そうよ。天下一の家となろう」
 伊勢も美濃も共に大きな国だ。その二国を手中に収めればだというのだ。
「石高で二百万石を超えじゃ」
「二百万石」
「そこまでなのですか」
「そして兵は五万じゃ」
 兵もだ。それだけの規模になるというのだ。
「それだけの家になるぞ」
「五万ですか」
「五万となるとです」
「そこまでの数となると」
 彼等も言葉を失う。まさにその数はだ。
「どの家もそこまでの数の兵を集められませぬ」
「しかし織田はそれだけの兵を手に入れる」
「まさに天下第一の勢力になりますか」
「左様じゃ。してそれで終わりではない」
 まだだ。さらにあるというのだ。
「織田信長、さらに昇るぞ」
「昇る?」
「昇るとは」
「あの男は蛟龍と呼ばれておる」
 この名がだ。ここでも出るのだった。
 信長は尾張の蛟龍だ。氏康が相模の獅子と呼ばれているのと同じくだ。彼はそう呼ばれてだ。天下に名を知られるようになっているのだ。
「知っておるな、蛟龍はただ水の中に潜んでいるだけではないな」
「はい、やがては天に昇りです」
「そして大きな存在になります」
「神龍へと」
「まさにあの男は蛟龍よ」
 氏康の語るその目は鋭い。信長のことを話してだ。
「その蛟龍がよ。天を駆け巡るであろう」
「そして天下を見る」
「見据えていきますか」
「そうなる。二百万石と五万の兵で止まる男ではない」
 そうした意味でだ。彼は蛟龍だというのだ。
「あの男の動きが我が家にも関わる」
「我が北条の」
「その動きにですか」
「わしは関東を手中に収める」
 それが氏康の野望だった。彼は関東を己がものとすることを目指しているのだ。だからこそ二つの上杉家も里見家も倒し圧してきたのだ。
 その彼の前にだ。織田が出て来るとなるとなのだった。
「だがその前に織田が来るなら」
「その時は」
「どうされますか」
「その時が問題となる」
 袖の下で腕を組んでだ。そうして話す彼だった。
「織田と。どうするかな」
「では必要とあらばですか」
「我が北条も」
「織田と」
「まだそこまではわからんが」
 それでもだというのだ。氏康は己の脳裏にこれからのことを見ながら話していく。
「若し来るならばだ」
「覚悟しますか」
「そうなれば」
「それも考えていかなければな」
 彼もまた天下が大きく動くことを見ていた。そしてそのうえでだ。尾張に進む今川とそれを迎え撃つ織田の成り行きを見守っていたのだ。 
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