戦国異伝
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第三十四話 今川出陣その七
彼の後ろには氏真や元康、そして他の家臣達もいる。主だった家臣達が勢揃いしている。その彼等を後ろに従えてである。
義元はだ。雪斎に満面の笑みを浮かべて話すのだった。
「それではじゃ」
「はい、それでは」
「出陣じゃ」
自身を感じさせる言葉だった。
「よいな、全軍でじゃ」
「はっ、それでは」
「先陣はじゃ」
最も重要なだ。そのことをすぐに話す義元だった。
それは誰か。一同注視した。誰もが義元の次の言葉を待つ。
義元はその視線を受け尚且つ楽しむ様にしてだ。ゆっくりと、だが確実に口を開けてだ。この名前を挙げた。
「竹千代」
「はい」
「そなたは先陣の右翼として三河衆を率いよ」
「わかりました」
「して左翼はじゃ」
彼の後ろにいた。元康に顔を向けて告げてからだ。さらにであった。
今度は傍らにいる雪斎に顔を向けてだ。彼にも告げたのだった。
「和上じゃ」
「わかりました」
「そなた達二人を先陣とする」
こう告げるとだ。今川の全軍からだ。
勝どきを思わせる歓声が上がった。その中でだった。
義元は嫡男である氏真にも顔を向けてだ。彼にも告げるのであった。
「そなたもじゃ。よいな」
「共に都へ」
「うむ、のぼろうぞ」
「それでは。それがしもまた」
「親子で都を見るとしよう」
義元は口を大きく開けて笑いながらこうも述べた。
「さて、公卿の方々から都のことは聞いておるが」
「大層荒れておるようですな」
「嘆かわしいことじゃ」
そのことについてはだ。義元は心から残念なものを感じていた。そのうえでの言葉だった。
「その都を再び元の姿に戻すのが麿の役目じゃ」
「して天下も」
「うむ、元の通りにみらびやかなものにする」
政と雅を愛する義元に相応しい言葉であった。
「その為の上洛じゃ」
「さすれば我等も」
「御供します」
家臣達が一斉に言ってだ。そうしてだった。
今川軍二万五千は遂に上洛の途についたのだった。その先頭にはだ。
元康と雪斎がいる。二人は共に馬を並べている。雪斎は既にその法衣の上に鎧を身に着けている。彼が戦の場に赴く時の格好だ。
その姿でだ。己の隣にいる元康に声をかけてきた。
「して竹千代よ」
「はい、何でしょうか」
「そなたと織田上総介は幼馴染じゃったな」
「はい、左様です」
その通りだとだ。答える元康だった。
「まだ昨日のことの様に思い出せます」
「左様か。しかしじゃ」
「しかしでございますか」
「そなたに言うことではないと思うが言っておこう」
こうだ。雪斎は話すのだった。
「今は戦国の世じゃ」
「その世だからこそですね」
「その通りじゃ。例え肉親であろうとも時として争う世じゃ」
まさにだ。それこそが戦国だというのである。かく言う雪斎もであった。
「わしもそれを見てきた」
「和上もまた」
「それもこの今川の家でじゃ」
そのことをだ。見てきたというのだ。
「殿が今川の家督を継がれた時のことは聞いておるな」
「確かご自身の兄君と」
「母君こそ違えど父君は同じだった」
家督は長兄が継ぎだ。義元は最初僧籍にいた。そこで雪斎から学問を教わっていたのだ。だがその長兄が亡くなり正妻の子であった彼はだ。異母兄と家督を争うことになったのだ。その時に雪斎の力を借りてだ。彼は戦に勝ち今川の家督を継いだのである。
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