戦国異伝
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第三十三話 桶狭間の前にその六
無論義元もそのことを知っている。それで言うのである。
「麿がなって何の不都合がある」
「なにもありません」
「全くです」
「そういうことじゃ。幕府を開き」
そうしてだ。さらにだというのである。
「この世に太平をもたらすぞ」
「はい、では我等も」
「その為に」
「天下を駿河の如くにする」
駿河は天下の国の中で屈指の国になっている。まとまっているだけでなくだ。政も行き届きだ。実に豊かになっているのである。
義元はだ。その駿河の様にだ。天下をするというのだ。
こう話してだ。彼はだ。あらためて命じた。
「さすればじゃ」
「はい、それではです」
「いよいよですな」
「天下を治める為に」
「今から」
「出陣じゃ」
高らかにだ。こう言った。
「よいな。今からじゃ」
「では我等も」
「殿と共に」
「先陣は和上と竹千代じゃ」
元康をだ。その愛称で呼んでだった。
先陣を命じる。そしてだ。
嫡子の氏真にも顔を向けてだ。告げるのだった。
「そなたもじゃ」
「わかりました。それでは」
「麿が将軍になる姿を見るのじゃ」
温かい顔でだ。我が子に話すのだった。
「よいな。それでは共にじゃ」
「参らせて頂きます」
「この時の為にどれだけのことをしてきたか」
過去のことも振り返る。義元も愚かではない。さすればだ。
この度の戦、そして上洛の為にだ。多くのことをしてきたのだ。
そのしてきたことをだ。彼は話すのだった。
「織田と戦い三河を手に入れ」
これもだ。その為の準備だった。
「武田や北条とも手を組んだ」
「思えば長かったです」
「しかし。その長い間の仕込みもこれよりですね」
「そうじゃ。報われるのじゃ」
こう話すのであった。そうしてだった。
義元は立ち上がりだ。優雅に話すのだった。
「では麿も久し振りに鎧を着るとしよう」
「左様ですな。戦です」
「ですから」
家臣達も笑顔で話しだ。そうしてだった。
彼等は出陣に入った。それに対してだ。
尾張ではだ。慌しく動いていた。
佐久間盛重はだ。砦の中でだ。左右を見回しながら話すのだった。
「とりあえず。できるだけはしたがじゃ」
「それでもですか」
「足りませんか」
「うむ、足りん」
その通りだと述べるのである。
「兵の数も。備えもじゃ」
「どれもですか」
「足りませんか」
「二万五千じゃ」
彼はだ。その今川の兵の数を最初に話した。話すその顔は険しい。楽観していない、そのことの何よりの証であった。
「それに対してこちらは千じゃぞ。丸根と鷲津の二つを合わせてもじゃ」
「数は二十五倍ですな」
「確かに数は圧倒的です」
ここでだ。彼に木下兄弟が話してきた。彼等も佐久間盛重と共にいるのだ。
「ですがそれでもです」
「一度に相手をするのは二万五千ではありません」
「それはどういうことじゃ?」
佐久間盛重は怪訝な顔になって彼等に問うた。大柄な彼は二人を見下ろしている。それは彼等が小柄なせいもあるがそうなっていた。
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