戦国異伝
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第三十話 交差その九
宿にしている寺に戻る時にだ。また家臣達に話すのだった。
「公方様はどうやら」
「何かお言葉が妙でしたな」
「確かに」
ここで言ったのは宇佐美と北条だった。
「何か。もう一人頼りにしている様な者がいるような」
「そうしたお言葉でしたね」
「そうですね。そしてそれは誰か」
謙信はだ。それを自然に話していく。
「一人しかいません」
「三好や松永ではありませんな」
すぐにだ。山本寺が述べた。
「あの者達はむしろ」
「公方様にとって逆臣」
「それ以外の何でもない」
「そう、まさにそれだ」
山本寺は本庄と色部の話に述べた。
「あの者達はな」
「その通りです。三好、とりわけ松永はです」
謙信はその顔に嫌悪を見せていた。その整った顔に見せるそれは他の者の浮かべるそれよりもだ。さらに目立っていた。
「天下の逆臣です」
「公方様をないがしろにし専横を極める」
「まさに逆臣ですね」
「そうです。三好は管領細川殿の臣でした」
もっと言えばだ。松永久秀はさらにだ。その三好の家の執権なのだ。
「誰よりも公方様を盛り立てなければならないというのにです」
「それをせずにですね」
「公方様へのあの仕打ち」
「それはまさに」
「逆臣以外の何でもありません」
謙信の顔にまた嫌悪が宿った。
「その者達は。むしろ」
「討つべき者ですね」
「そうですね」
「その通りです。ですから彼等ではありません」
間違ってもだ。彼等ではないというのであった。
「そしてその一人とはです」
「誰ですか、それでは」
「その者とは」
「あの男です。蛟龍です」
まさにだ。彼だというのだった。
「尾張の。あの男です」
「そうですか。尾張のあの男ですか」
「織田信長」
「あの男ですか」
「あの男がです。私の他に公方様が頼りとする者です」
信長こそだ。まさにそれだというのだ。
そう話す。しかしであった。
謙信はそれと共にだ。眉を顰めさせてだ。こう話すのであった。
「ですが。あの者の敬意はです」
「織田のですか」
「あの男の敬意はですか」
「殿のそれとは違いますか」
「そう、違います」
はっきりとだ。こう話したのだった。
「私は幕府そのものに忠義を誓っています」
「それが違うと」
「そうなのですか」
「彼は。おそらくは」
謙信はその信長についてさらに話す。
「公方様御自身に対していい感情を持っているのです」
「では幕府に対しては」
「違いますか」
「重く見てはいないでしょう」
まさにだ。その通りだった。謙信はその超人的な勘でだ。そのことを見抜いていたのだ。一目見ただけのその相手のことをだ。
「形骸化した存在と見ていると思います」
「確かに。今の幕府は弱っていますが」
「幕府そのものには見切りをつけている」
「それがあの御仁の幕府への見方ですか」
「それは間違っています」
ぴしゃりとだ。謙信は信長のその見方は否定した。
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