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戦国異伝

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第三十話 交差その八


「これから。殿の大義の前に大きく立ちはだかるでしょう」
「彼は覇です」
 謙信は今度はだ信長を漢字一字で表した。
「私の義に対してです」
「覇ですか」
「覇王になるでしょう」
「ではやはり殿とは」
「彼が生き残ればその時は」
 やはりであった。謙信は否定しないのだった。
 そしてだ。そのうえで、だった。
 前を見る。その果てにあるものは。
「公方様に。御会いできますね」
「左様ですな。公方様はどうされておられるでしょうか」
「御元気だとのことですが」
 謙信はまずは義輝のその身体のことを話した。
「剣の腕を極められ。実に健康だとか」
「しかしですな」
 ここで言うのは宇佐美だった。
「公方様の剣は」
「公方様になると剣は別の剣であるべきです」
 信長と似ている様でだ。違う言葉だった。
「その剣は」
「その剣は」
「一体何でしょうか」
「それでは」
「私です」
 他ならぬだ。謙信自身だというのだ。
「私が公方様の剣となるべきなのです」
「幕府を御護りしその力となる剣に」
「それになられる」
「それが殿の御考えなのですね」
「はい、その通りです」
 まさにだ。そうだというのである。
「私は関東管領なのですから」
「その責務としてもですね」
「公方様の剣となる」
「そう御考えですか」
「幕府の復興は。天下を治める為にです」
 謙信はそこに絶対のものを見ていた。謙信にとってはだ。幕府はまさにだ。そうした存在に他ならず邪険になぞ決してできないのだ。
 そこが信長と違う。だが謙信はそれに気付かないままだ。話していくのだった。
「幕府の剣となりましょう」
「では殿、これからです」
「その公方様の下に参りましょう」
 こうしてだった。謙信もまた義輝の下に参上した。そうして彼と話をする。するとだ。義輝は確かな顔でだ。こう謙信に言うのであった。
「同じだな」
「同じといいますと」
「いや、何でもない」
 将軍は言葉を消した。しかしだ。
 謙信はその言葉にあるものを察した。しかしそれは口には出さずにだ。彼の言葉を聞き続けるのだった。そちらを選んだのである。
「そうか。そなたが剣にか」
「それはなりませんか」
「いや、喜んで受けたい」
 こう謙信に返す。厳かにだ。
「そなた達の言葉、喜んで受けよう」
「有り難きお言葉」
 このそなた達という言葉の意味もわかっていた。しかしであった。
 ここでも謙信は言葉を出さずだ。将軍のその言葉を聞くのだった。
「それでは。これからは」
「上杉謙信よ」
 将軍もだ。謙信に対して親しげに声をかける。
「宜しく頼むぞ」
「関東はお任せ下さい」
「そうだな。関東はそなただ」
 そしてだというのであった。言葉の外にそれが出ていた。
 だが自身はそれに気付かずだ。さらに言っていく。
「よいな」
「有り難きお言葉。それでは」
 こうしてであった。謙信は将軍の願いを受けたのだった。
 それが終わってからだ。将軍の前から下がる。それからだった。 
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