その男ゼロ ~my hometown is Roanapur~
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
#22 "baby face"
前書き
嫌いなんだ、その渾名。
【11月1日 PM 4:28】
Side 張
「子供、か……」
顎に指を添えながら今聞いたばかりのダッチの話を思い返す。
子供を刺客に使うってのは、確かに妙手ではある。
ヴェトナムのゲリラに限らず、今じゃあ少年兵なんて珍しくはない。
ただそれはあくまで戦場での話だろう。
いくらこの街が『魔窟』などと呼ばれていたとしてもガキの殺し屋なんて、そうお目に掛かれるものじゃない。
油断を誘うというなら良い手ではある。
しかし、
「ガキがやったのか、あれを……
お前らは見てないから分からんだろうが中々の力作だったぜ。
最近のガキは随分情熱的に育てられてるんだな。
俺も気づかん内に歳を取ったのかな」
軽い言葉を吐きながら、今朝確認してきた現場の情景を脳裏に描く。
あれだけの血風呂なんて久し振りに見たぜ。
しかもあれは確実に殺しを楽しんでる奴の仕業だ。
傷から判断するに、銃と刃物の二種類が使われているのも間違いない。
大体"そういう"輩は自分のお気に入りの道具を使うと相場が決まってる。
と言う事は二人以上いたのか?そんなキレてるガキが?
或いは先に奇襲させてから、別の奴が援護したか。
ガキを匿ってる奴がいるのなら、ソイツらが現場まで同行していたとしてもおかしくはない。
監視目的も兼ねてな。
「まあ、別に子供とは限らんがな。
女かもしれんし、老人かもしれん。
目が見えない風を装う、手足が不自由な奴を演じる。油断を誘うにも手はいくらでもある。
それにもしかしたら、NINJAでも雇ったのかもしれんぞ。
だとしたら参るな。
俺もさすがにNINJAとは戦った経験がない。
何せ"東洋の神秘"だからな。
彼等は変装の名人なんだろう?
確か『映し身の術』だったかな。それを使ってあんたの部下を油断させたんじゃないのか」
ゼロは頭も切れるし信頼も置ける奴なんだが、数少ない欠点は冗談のセンスがいまいちな ところだ。
全く惜しいな。
見ろ、ダッチも呆れて溜め息ついてるぞ。まあ、可哀想だから付き合ってやるか。
「フム、だが相手が忍者というなら俺達の敵じゃないな。
さすがに一族の秘密なんで、あまり詳しくは話せないんだがな」
「なるほど。三合会の張維新には未だ俺達の知らない顔があるというわけか。さすがだな」
互いに顔を見合わせてニヤリと笑う。
コイツもまだまだ未熟な部分があるが、あと十年も磨きをかけて俺の下で学べば対抗馬くらいには……
「ああ、取り敢えずうちのもんへの容疑は晴れた。そう思って俺は安心していいんだな?」
正面から届くダッチからの声に向き直る。全く厄介な部下がいると、上の者は大変だな。
「ああ。その点は心配しなくてもいい。
元からそれほど疑ってたわけじゃないしな。
今日は突然訪ねてきて済まなかった。だがお陰で有意義な時間を過ごせたよ」
そう言って椅子から立ち上がる。同様に立ち上がるダッチに軽く挨拶をしてからドアに向かう。
さて、これからどうするかだな。
まずは連絡会を開かねばなるまい。バラライカの様子も確認しておきたいしな。
街の人間が関わっているのは、ほぼ確実だろう。
だが出来ることなら騒ぎは最小限に留めておきたい。今は派手な抗争などしている時では…
「張」
聞こえてきたのは、背中から俺を呼び止める声。
今まさに部屋を出ようとしていたところを狙って声を掛けたか……
「俺にとって一番大事なものは家族なんだ」
ゼロの声は全くいつもと変わらない。いつもと変わらず淡々と紡がれてゆく。
「そして俺にとって家族と呼べるのはラグーンのみんなだけだ。
ダッチ
ベニー
レヴィ
ロック
この四人が俺の家族だ。
そしてな、俺は家族に迷惑をかけるような真似はしない。それくらいには成長した」
成長、か。
その言葉を聞き、"あの時"が脳裏に思い浮かぶ。
奴に、ゼロに銃を向けられた"あの時"の事を。
もう十年、いやもう少し前か。
「過去を忘れるつもりはないが、過去に囚われるつもりもない。
"あの事"はもう終わった事だ。
俺達はもう終わらせたんだよ。
俺がアンタに銃を向け、アンタが俺に銃を向けた"あの時"に。
それでも俺は生きてる。
それでもアンタは生きてる。
それが全てさ」
背中から届く声が止まる。
それで話を終えるつもりか?
俺は肩越しに僅かに振り返りながら、訊ねてみることにした。一言だけだったが。
「お前はそれでいいのか」
返事は即座にやってきた。
そう訊ねるのを分かっていたかのように。ずっと前から用意していたかのように。
何年も前から準備していたかのように。
「いいさ。
それで構わないと俺はそう決めた。
"彼女"がどう思うかは知らん。
冷たいやつと怒っているかもしれんし、お前はそういうやつだったのかと呆れているかもしれん。
だが、俺はそう決めた。
ベイブ。
この先俺があんたに銃を向けるとしたら、それはラグーンのみんなに手を出された時だけだ。
それ以外の理由で俺が動く事はない。
分かったか」
「……俺をベイブと呼ぶな。タイニートット」
それだけ言って俺はデッキを出た。
やらなきゃならん事はいくらでもある。
問題が一つでも片付いたのは収穫だ。
狭苦しいラグーン号の中を歩きながら、俺は部下に出すべき指示を考え始めていた………
ページ上へ戻る