戦国異伝
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第二十四話 国友その十二
「頭の切れもじゃ」
「はい、それもです」
「かなりよいな」
「斉藤殿はそれがわかっておられぬようですが」
「それは斉藤だけではない」
雪斎の語るその顔が曇る。
「我が今川においてもじゃ」
「信長殿を侮っておられる方がですか」
「実に多い。殿ものう」
他ならぬ義元もだというのである。
「織田信長を軽く見ておられる」
「それは間違いありませんか」
「うむ、どう見てもじゃ」
その義元の師であるからこそだ。わかることであった。
それがわかったうえでだ。彼は言うのであった。
「このまま織田と戦ってもじゃ」
「敗れますか」
「それも今川を滅ぼす敗れ方かも知れぬ」
雪斎のその言葉はただの悲観ではなかった。彼はその危険は充分にあると見ていた。そのうえで今元康に対して語るのだった。
「そうならぬ為にはじゃ」
「どうされますか」
「今川の全てを注ぎ込んだ大軍で攻める」
まずはそうするというのである。
「そしてじゃ」
「そして」
「先陣はわしが務める」
他ならぬ彼がだというのだ。
「そして竹千代」
「はい」
「御主もじゃ」
己の前に控えるその元康に対しても言うのだった。
「御主も先陣を務めよ」
「私もですか」
「そなたならば織田と対せる」
だからだというのだ。真剣そのものの顔で元康に話していた。
「だからこそじゃ」
「左様ですか」
「そなたは織田におったことがあったのう」
「はい、暫しの間」
「織田信長と交わりがあったとしても今はじゃ」
「わかっております」
元康も己を押し殺してそのうえで師の言葉に応える。そのうえでの言葉だ。
「それは」
「うむ、そういうことじゃ」
師も弟子の言葉に納得した顔で頷く。そのうえでまた言うのだった。
「今川の為に戦ってもらう」
「そして殿を都に」
「殿は上洛され将軍になろうと考えておられる」
将軍継承権を持つ今川の主故にである。
「わし等はそれを実現するのみじゃ」
「その通りです。では」
「それとじゃ」
ここでだ。雪斎の言葉の調子が変わった。その声で元康に言う。
「御主そろそろじゃが」
「といいますと」
「妻を迎えてはどうじゃ」
こう弟子に話すのだった。
「殿もどうかと言っておられる」
「殿もですか」
「妻を迎えて子をもうけよ」
弟子に対してこうも話す。
「さすればさらによい」
「さらにですか」
「わしは僧じゃから妻や子はおらぬが」
そのことは守っているのであった。雪斎はそうした意味でも真面目な僧侶であった。だからこそそれはわからないと前置きするのだった。
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