戦国異伝
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第二十話 信行謀叛その八
その彼がだ。また話すのだった。
「わしは土岐の者だ」
「だからこそ」
「この美濃を治める資格がある」
「主たりえますね」
「土岐だからこそ」
「それと共に斎藤道三の子でもある」
相反する二つのことがここでは一つになっていた。矛盾である。しかし義龍はその矛盾をだ。一つにしてそのうえで語っていたのだ。
その矛盾の中に身を置き。彼は話していく。
「そのわしに。何故尾張のうつけが異を唱える」
「左様ですな」
「尾張の若造は尾張に閉じこもっておけばいいのです」
「美濃は我等のものです」
彼等はそう思っているのだった。それぞれ思うところは違っていた。そのそれぞれの違いを考える者は少なかった。しかし考えられる者は確かにいた。
帰蝶もその一人であった。彼女のところにだ。報が届いた。
「そうですか。勘十郎殿がですか」
「はい、古渡より兵を出してきました」
「その数六千」
「全軍で来ました」
こうだ。報告が次々と届くのだった。
「どうされますか、ここは」
「今城にいる者は僅か」
「殿は美濃に向かわれています」
「その状況では」
「案ずることはありません」
帰蝶はだ。そうした報を受けてもだ。落ち着いていた。
そしてその落ち着きの中でだ。こう言うのであった。
「まずは戦える者を全て集めるのです」
「戦える者をですか」
「全てですか」
「おなごであっても弓や薙刀を使えるのならば」
戦国では女であろうともいざという時はそうして戦っていた。だからこそだ。帰蝶も今こうしてだ。平然として命じたのであった。
「戦うのです」
「城を出られないですか」
「あくまで篭城してですか」
「そのうえで」
「そうです。殿が戻って来られるまで」
座ったままだが威厳に満ちていた。その背には何かを背負っていた。紅蓮に燃え盛る炎をだ。その背に背負いながらの言葉であった。
「この城を守ります」
「わかりました。それでは」
「我等もまた」
「戦いましょう」
彼女の決意を受けてだ。誰もがこう応えた。
帰蝶はそれを見て内心満足していた。しかしそれはあえて表には出さずだ。彼等に対してだ。続いてこう命じもしたのであった。
「そしてです」
「そして」
「何でしょうか、今度は」
「私の具足を持って来るのです」
こう告げるのだった。
「そして薙刀と弓も。いいですね」
「何と、奥方様もですか」
「自ら戦われると」
「そう仰るのですか」
「はい、そうです」
まさにだ。その通りだというのである。
「私もまた。敵に向かいましょう」
「ですがそれは」
「奥方様は城の中におられてもです」
「構いませんが」
「そうはいきません」
強い言葉でだ。家臣達の言葉を否定するのであった。
「皆の者が戦うというのにどうして私だけがこの服でいられましょうか」
女の服でだというのだ。そう言うのであった。
「ですから。今すぐにです」
「具足と薙刀を」
「そう仰いますか」
「はい、私もまた戦います」
また言う帰蝶だった。
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