戦国異伝

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　第三話　　元服
「いや、全く叔父御はな」
「何だというのだ？」
「甥に対する愛情がないのう」
　大柄な男が二人それぞれ立派な馬に乗りそのうえで轡を並べて進んでいた。その時に片方にいる赤に黄色ににとやたら派手な服の男が言ってきた。
　見れば飄々としながらも引き締まり陽気な顔をしている。端整な目元に立派な眉に微笑んだ口元である。髷は茶筅髷でその紐は金色である。そしてその右手には途方もなく大きな朱槍がある。
「実にな」
「御前に愛情がないというのか」
「そうじゃ。わしの些細な悪戯に全力で殴ってくるではないか」　
　こう相手に言うのだった。見れば相手の男も青の服に銀の光を入れて赤い袴にも派手な模様を入れている。眉は一本であり目の光は強い。やはり引き締まった顔つきをしており右手には槍がある。そして相手の言葉に顔を向けていた。
「そう言うのか、わしに」
「そうじゃ、昨日も思いきり殴ってくれたな」
「当たり前だ」
　叔父と呼ばれている男は平然とした顔で言葉を返した。
「では聞くがだ」
「うむ、何だ」
「起きて顔に落書きがあればどうする」
　こう問うのだった。
「その場合どうする」
「決まっている。書いた奴をぶん殴る」
　派手な男の彼はきっぱりと言い切ってみせた。
「思いきりな」
「そういうことだ。ならわかるな」
「それでなのか」
「それでだ。そもそも五発殴っただけで済んで有り難いと思え」
「五発ではないぞ。二十発だったぞ」
「御前は十五発殴り返してきたな」
　見ればだ。二人の顔にも身体のあちこちにも青い痣が見られる。どうやら相当な喧嘩をしたらしい。
「それで五発だ」
「甥の些細な悪戯で五発も殴るとはやはり大人気ないぞ」
「叔父が寝ている間に悪戯書きをする方が大人気ないとは思わないのか？」
「愛今日ある悪戯ではないか」
「その悪戯に五発で済ませてやったのは叔父の愛情だ」
「やれやれ、厳しい愛情じゃのう」
　派手な服の男はそこまで聞いて呆れた顔になってみせた。
「前田家の棟梁槍の又左利家の愛情は実に」
「では前田家きっての傾奇者の慶次郎利益の悪戯は天下無双だな」
「うむ、わしは悪戯も徹底的にやる主義だ」
　その男慶次は笑ってその前田に返した。
「そういうことだからな」
「ではわしも徹底的に返そう」
　前田も負けていない。
「それでいいな」
「ではこっちも徹底的に拳を返すぞ」
「おう、返り討ちにしてやるわ」
　こんな話をしながらだ。二人は吉法師のいるその那古屋城に来た。その城に入るとだった。慶次は叔父に対してこう言ったのだった。
「ではわしはここでな」
「何だ？一緒に来ないのか」
「赤母衣衆には叔父御がなれ」
　笑って前田にこう言うのだった。
「わしは別にいい」
「何を言う、貴様程の腕があれば赤母衣衆でも黒母衣衆でもなれるだろう」
「だからそういうものには興味がないのだ」
　こうも言うのであった。
「そうした殿の御傍とかにはな」
「ではどうしたいのだ？」
「戦場で真っ先に突き進みたい」
　これが彼の願いであった。
「そうしたいのだがな」
「一番槍か」
「戦場に真っ先に突っ込んで暴れたいのだ」
　慶次はまた言ってみせた。
「それこそがわしの望みだ」
「戦場で暴れたいのはわしも同じだがな」
「しかし叔父御は将の素質もある」
　叔父のその素養は既に見抜いているのである。