戦国異伝
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第二話 群星集まるその十
「そうしておった。それは残念じゃ」
「私は松平の者です」
竹千代は吉法師の今の言葉に生真面目な顔で返した。
「申し訳ありませんが吉法師様にお仕えすることはできません」
「だから弟なのじゃ」
そうだというのである。
「そういうことじゃ」
「左様ですか」
「わかったな。そなたを弟とする」
その目は真剣そのものだった。
「よいな」
「ではその御言葉受けさせてもらいます」
竹千代も遂に頷いた。
「その様に」
「それではな。では御主は今日これからどうする」
「今日ですか」
「これから帰って休むか。それとも」
「そうですね。吉法師殿の言われた通り」
温厚な笑みを浮かべてだ。こう言ってみせた。
「学問をします」
「そうするとよい。普通にやるより頭に入るぞ」
「身体を動かしたからですか」
「身体を動かさず学問をしても思ったより頭に入らぬ」
吉法師はこう話す。
「だからじゃ。身体をよく動かしてじゃ」
「雨の日もですか」
「雨の日でも戦はある」
はっきりと答えた言葉だった。
「こう言えばわかるな」
「よくわかりました。では雨の日であっても」
「そうせよ。わしもこの柿を食ったら帰る」
見れば何個かあった柿がもうなくなっていた。二人がそれぞれ食べているもので最後であった。そしてよく見ればであった。
吉法師は十個程竹千代の家臣達の前にも置いていたのであった。
「あの、これは」
「まさかと思いますが」
「食せよとのことでしょうか」
「柿は食うものぞ」
これが吉法師の返答だった。
「遠慮することはない。食うがいい」
「しかしです。我等は臣下です」
「その我等に今食えというのは」
「そうじゃな。竹千代」
「はい」
「そなたからも言ってやれ」
また笑って彼に告げたのだった。
「よくな」
「そうですね。それでは」
「家臣には気遣いを忘れぬことだ」
吉法師が竹千代に教えたのはこのこともだった。
「よいな」
「気遣いですか」
「こうした時には食わせるもの。真面目なのもいいが気遣いも忘れぬことだ」
「わかりました」
「では言ってやれ」
「それでは」
家臣達に顔を向けてだ。そのうえで告げたのだった。
「一人二個ずつじゃな。食せよ」
「はっ、それでは」
「有り難き御言葉」
彼等も主のその言葉を受けて食べるのだった。吉法師はその彼等と竹千代を交互に見ながらだ。また言ってみせたのだった。
「まことに三河はまとまっておる。よいことじゃ」
松平のその結束の強さを見ているのである。そのうえでの言葉だった。
そしてこの時にだった。尾張に一人の小柄な若者が入った。
見れば猿にそっくりである。痩せていて背中も少し曲がっている。お世辞にも外見はいいとは言えない。その男が尾張に入ったのである。
「ううむ、これが尾張か」
那古屋の街並みを見回してまず言うのだった。
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