戦国異伝
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第百五話 岐阜に戻りその四
「しかし。やがてはじゃ」
「この岐阜からですか」
「義父殿には申し訳ないがな」
それでもだというのだ。その道三の墓前で。
「この岐阜からまた城を移す」
「その移す場所は」
帰蝶は信長の話を聞いてすぐに言った。その城は何処かというと。
「近江か摂津、しかも」
「わかるか」
「琵琶湖の南岸、そして石山の辺りですね」
「よくそこまでわかるのう」
「この二つの場所が実にいいからです」
帰蝶も知っているからだった。このことを。
「だからこう思ったのですが」
「見事じゃ。考えておるのは」
そこは何処かというと。
「その石山にじゃ」
「安土ですね」
「その二つじゃ」
信長は一つではなかった。二つの城を築こうと考えていた。それでこうその帰蝶に対して話したのである。
「摂津の方に第一の城を築くつもりじゃ」
「石山の辺りにですね」
「本願寺もよい場所に築いたわ」
信長は感心していた。あの場所に寺、実質的にはかなり堅固な城を築いた本願寺の先見の明に対して。
「あそこにおるとじゃ」
「そうおいそれとはですね」
「攻められんわ」
そうだというのだ。
「とてもな」
「本願寺と何かあれば」
「その石山御坊を攻めねばならんがな」
「とてもつもなく大きな寺ですね」
「横を通ったがな」
和泉に入った時代のことだ。
「そもそも摂津にあるのに和泉にまで出城が及ぶこと自体がじゃ」
「ないことですね」
「小田原城は知らぬが」
北条氏の拠点だ。やはり巨大な城として知られている。
「それでもあの寺はおそらくな」
「その小田原城に比肩しますか」
「話を聞く限りはそうじゃな」
そこまでの大きさだというのだ。
「小田原城は知らぬがな」
「ではその石山を攻め落とすとなると」
「小田原は十万でも陥ちぬ」
信長は話を聞く限りだがこう言った。
「その兵数でもな」
「では今の織田家の軍勢では」
「十九万の兵を動かせる」
四十万石で一万だ。それが七百六十万石ともなるとそこまでの塀を動かせる、織田家はそこまでの力を備える様になっていた。
しかしそれでもだとだ。信長は言うのだ。
「十万、動かせぬ訳でもないがのう」
「それでもですか」
「あの城は攻めて落とすと駄目じゃな」
ひいては石山御坊もだった。それは。
「人を攻めるべきじゃ」
「人をですか」
「人の心をな」
攻めるのはそこだというのだ。城ではないというのだ。
「城を攻めるのは下計じゃ」
「では人を攻めるのが上計ですね」
「そういうことじゃ。城を攻めても、特に小田原や石山の様な城はな」
「攻めてはなりませんか」
「悪戯に兵を失うだけじゃ」
例え勝ててもそうなるだけだというのだ。
「せぬに限る」
「だから人を攻めますか」
「この場合も平野や山で軍勢を攻めるのではない」
「それでは城を攻めるのと同じですね」
「その通り、戦をするよりもせぬに限る」
信長のこの考えは尾張統一、そして伊勢のことから今になるまで変わらない。彼はあくまで戦よりも政なのだ。
だから今も帰蝶にこう話すのである。
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