戦国異伝
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第百三話 鬼若子その十
「横から来る敵への槍は薙ぎ払え。低くな」
「突くのではなくですか」
「薙ぎ払うのですか」
「うむ、低くな」
元親はこのことを強調する。薙ぎ払うにしても低くだというのだ。
「そうせよ。よいな」
「槍は突くか叩くかですが」
「薙ぎ払うのですか」
「薙刀の様にな」
その使い方はまさに薙刀である。元親もあえてそれを言う。
「ではよいな」
「わかりました。それでは」
「殿の仰るままに」
「正面も同じじゃ」
やはり低く薙ぎ払えというのだ。持っているその槍を。
「そのうえで進むぞ」
「畏まりました」
「それでは」
長曾我部の兵達も頷きそのうえで元親の言うままに槍を低く薙ぎ払う。これには織田の兵も戸惑い進めなかった。
「まずい、足を斬られるぞ!」
「近寄るな、まずいぞ!」
「弓じゃ、弓で狙え!」
「ここは下がれ!」
それを受けてすぐに下がる。しかしだった。
その弓が迫るのを見て元親はまた命じた。
「このままじゃ。突き進め」
「弓が放たれる前にですか」
「そうせよというのですか」
「今はただひらすら前に進め」
こう言ってだった。
「よいな。前にじゃ」
「槍を低く薙ぎ払いながらただひたすら」
「前に出よと」
「そうじゃ。立ち止まってはならん」
こうも言う元親だった。
「ではよいな」
「そうするしか生き残ることはできぬのですな」
「今の我等は」90
「その通りじゃ」
元親の返事は決まっていた。彼自身も槍を低く横薙ぎにしている。そうしてただひたすら兵を前に進ませる。その槍の動きにだ。
織田の兵達は怯み左右に分かれる。それはさながら川が割れた様だった。信長もその有様を見てこう言った。
「面白いのう。我等の具足も旗も青じゃからな」
「だからというのですな」
「今の有様は」
「うむ、川が割れた様じゃ」
実際にそうなっているというのだ。信長は毛利と服部に述べた。
「まさにな」
「長曾我部の勢いがあまりにも強く」
「分かれてしまいましたな」
「うむ、見事じゃ」
「見事?」
「見事といいますと」
「敵の動きがじゃ」
それがだというのだ。
「ああした槍の使い方があるのじゃな」
「薙ぎ払うとは」
「そうしてくるとは」
「あそこまで大掛かりにしてくるとはな」
信長は満足そうに言う。
「やるものじゃ。しかしじゃ」
「しかしですか」
「うむ、しかしじゃ」
こう服部に返す。またこの言葉を出して。
「こうでなくては駄目じゃな」
「そう言われますか」
「左様、ではじゃ」
ここまで言ってだ。信長は全軍に毅然として告げた。
「道を開けよ」
「道!?」
「道をですか」
「そうじゃ。道じゃ」
こう言うのである。
「このまま道を開けよ」
「道をですか」
「このままですか」
「そうじゃ。開けよ」
長曾我部の為の道をというのだ。
「そうせよ。よいな」
「しかし殿、それでは」
「このまま本陣に来ますが」
毛利と服部が命じた信長に唖然とした顔で問い返した。
「本陣まで来られてはまずいですぞ」
「どうにもなりませぬ」
「いや、よい」
信長はここでも余裕を見せて言う。
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