戦国異伝
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第百三話 鬼若子その三
「命を捨てて手に入れるものじゃ」
「それが生きることですな」
「殿はそう仰いますか」
「そういうことじゃ。わしは生きる」
元親は毅然として言った。
「しかしその為にじゃ」
「命を賭ける」
「そうされますか」
「織田家が相手でもじゃ」
今や天下第一の勢力となり彼等の前に迫ろうとしているその家に対してもだというのだ。元親は敵を前にして言う。
「わしは戦うぞ」
「では我等も」
「殿についていきます」
「長曾我部の家臣として」
「戦わせて頂きます」
「いや、待て」
意気を見せた己の家臣達にだ。元親はここでこう告げた。
「その前にじゃ」
「その前に?」
「その前にといいますと」
「皆目を閉じよ」
こう告げるのだった。
「まずはじゃ」
「目を閉じよと」
「そう仰るのですか」
「そうじゃ。目を閉じよ」
元親は再び告げる。
「よいな。わしがよいと言うまで目を開けるな」
「はい、わかりました」
「しかし何故」
「わしも目を閉じる」
元親自身もそうするというのだ。
「そしてその間に去りたい者は去れ」
「?では殿」
「まさか」
「御主等に任せる」
こう告げるのだった。
「よいな。暫しの間じゃ」
「目を閉じてですか」
「そのうえで」
「去りたい者は去れ」
元親は主の座から腕を組んで述べる。
「織田につくなり好きにせよ」
「して殿は」
「どうされるのですか」
「わしの考えは決まっておる」
楽しげに笑っての返事だった。
「一戦交える」
「十倍以上の織田軍と」
「生きる為に」
「そうする。わしはもう決めておる」
不敵に笑ってだ。元親は言う。
「後は御主等じゃ」
「それを今から決めよと」
「戦をするか去るか」
「それをですか」
「さあ。どうするのじゃ」
元親は問うた。
「これより目を閉じるぞ」
「はっ、それでは」
元親のこの言葉と共にだった。長曾我部の者達は目を閉じた。そうして暫しの間彼等を沈黙が支配した。
それはかなり長い時に思われた。永遠の様に。長曾我部の家臣達はその時をかなり待った。暗闇と沈黙の中で彼等は居続けた。息の声さえ聞こえない。
その中でただ自分達が待っている。永遠の時は続くかと思われたがそれでも時は流れていく。そしてだった。
元親の声がした。
「よいぞ」
「はい」
皆その言葉に頷き目を開ける。暗闇が終わり光が差し込む。その彼等が見たものは。
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