戦国異伝
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第九十八話 満足の裏でその四
「幕府の治めるものだと思っておられます」
「それならです。公方様の思われるままに」
「禄が与えられ兵も動くというのですな」
「しかしそうはなりません。今の幕府では」
禄など微々たるものであり直率の兵達もいない。殆どだ。
そうした状況ではだ。とてもだというのだ。
「何もできません」
「はい、とても」
「幕府は嘉吉の乱に応仁の乱とその後の戦国の世で力を失いました」
明智は遠くを見る目で述べていく。
「そして挙句にはです」
「義輝様ですな」
「あの方のことがありましたから」
松永と三好三人衆によることだ。それで義輝が殺されたことがだというのだ。
「あれが止めになりました」
「幕府は最早命運が尽きていますか」
「はい、何の力もないまでになっています」
「ですな。足利幕府は最早」
「傀儡に過ぎません」
明智は今の幕府をこうまで言った。そこまで力がないとだ。
「織田殿が神輿として担いでおられるだけです」
「そうですな。まさに」
「幕臣の誰もがわかっていることですが」
「公方様だけがそうではない」
「それだけこだわっておられるのです」
足利家の者であり将軍である、それだけにだというのだ。
「そのあまり見えなくなっておられるのです」
「そうなっておられますな」
「残念なことであります」
明智はまた遠い目になった。そのうえでの言葉だった。
「見えておられぬというのは」
「確かに。幕府が採るべきことは」
「このまま織田殿にもたれるしかありませぬ」
それしかないというのだ。最早幕府にはだ。
「そして織田殿もです」
「その幕府を支えて下さいますな」
「そのおつもりですので。ここは」
「何もされず何も言われないことが一番ですな」
「はい、まさに」
「しかし公方様だけはわかっておられない」
「そしてこのままではです」
その何もわかっていない、何も見えていない義昭と実際に天下を動かしている信長、この両者がどうなっていくのか、明智はこのことも読んでいた。
そのうえでだ。こう細川に述べたのである。
「思うままにいかず。やがて織田殿の傀儡になっていることに気付かれ」
「それに我慢できる方ではありませんな」
「その結果です」
「公方様が何をされるかですな」
「大人しい方ではありませぬ」
義昭の気質もだ。明智はわかっていた。
「決して」
「では織田殿に反発をされて」
「よいことにはならないでしょう。ましてやです」
「今の幕府はといいますと」
「殆ど全ての方が織田家から禄を頂いています」
これは明智達も同じだ。幕臣の殆どの者が織田家から幕府のそれよりも遥かに多い禄を貰っているのだ。伊達に十六国、何百万石も持っている訳ではない。
それ故にだ。明智も言うのだった。
「武士は誰にお仕えするか」
「極論すれば禄を下さる方ですな」
「その方が主君になります」
「では我等は」
「はい、そうした考えに至ることもできます」
幕臣である以上に織田家の臣であるとだ。禄を多く貰ってるが故に。
「少なくとも公方様が織田殿に歯向かわれるとなっても」
「誰も公方様にはつきませぬか」
「少なくとも織田家の領地の中では」
幕府が完全に入っているだ。その中ではだというのだ。
「領民のほぼ誰としてです」
「公方様にはつきませんか」
「はい、まさに」
そうなるというのだ。若し義昭が信長に歯向かおうともだ。
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