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戦国異伝

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第八十五話 瓶割り柴田その九


「いい雨じゃのう」
「そうじゃな。これ以上はないまでにな」
「では今日は酒ではなくじゃな」
「うむ、水で祝いじゃ」
 そうするというのだ。
「水をふんだんに飲み祝いとしようぞ」
「そうじゃな。それがよいな」
「今回の勝ちにはそれが相応しい」
 こう話してだ。この夜は酒を出さずにだ。それぞれ杯に水をたたえてだ。それをぐびぐびと飲みながら宴を行った。その宴の場においてだ。
 前田がだ。水を飲みながらだ。柴田に対して言った。その言う言葉とは。
「しかしあれには驚きました」
「あれとは何じゃ」
「はい、出陣前に瓶を割りましたな」
「ああ、あのことじゃな」
「まさに退路を断った、それでしたが」
「背水の陣じゃ」
 それだとだ。柴田はその前田に答えた。
「退けぬとわかれば人は必死に戦うのう」
「ですな、史記にもありますな」
「項羽、そして韓信が行った」 
 まさに史記にある逸話だ。二人の英傑はそれぞれ背後に川を置き退路を断ちだ。そのうえで自軍を死地に置き決死の覚悟で敵に挑んだのである。
 そしてその結果どうなったかとだ。柴田は語るのである。
「どちらの英傑もそれにより勝ったのう」
「確かに」
「わしはそれをやったのじゃ」
 背水の陣、まさにそれだったのだ。
「水があればそれに甘えるのう」
「ですな。それは確かに」
「ならばその水を断てばよい」
 柴田も水を飲みながらだ。そのうえでの言葉だった。
「さすれば兵達は力を引き出す」
「ううむ、この暑さの中で六角の軍勢にあそこまで勝つには」
 佐々は水だけではなかった。瓜も食っていた。
「我が織田の兵では普通にやっては難しかったですな」
「織田の兵は弱い」
 柴田はこのこともよくわかっていた。だからこその言葉だった。
「そうおいそれと完勝することはできぬ」
「それもあってですか」
「勝つにしても生半可では駄目じゃ」
 柴田はこうも言った。
「この戦ではそうじゃった。だからじゃ」
「成程、力を極上まで引き出されたのですか」
「そういうことじゃ。だからじゃ」
 柴田は川尻にも述べた。
「ああした。そしてそれは正解じゃったな」
「思い切った策じゃった」
 今度は佐久間が述べる。彼は水と塩を同時に口にしている。
「だがそれがよかった」
「よかったというのじゃな」
「御主らしかった」
 こうも言う佐久間だった。
「思い切っていてそれで強いからのう」
「強いからわしか」
「それでいて意外と細かい」
 佐久間は柴田のそうした一面も見抜いていた。そのうえでの言葉だった。
「まさに御主らしいわ」
「言うのう。褒めても何も出ぬぞ」
「ははは、最初から欲しがったはおらんわ」
「何じゃ、そうなのか」
「勝ってそれ以上何を望むのじゃ」
 佐久間もだ。笑った柴田に応える形で述べる。
「何もいらぬわ。後は殿からの褒美だけではないか」
「だからだというのか」
「わしは御主のことを言ったまでじゃ」
 柴田の強いがそれでいて人というものがわかっている。そうした気質をそのまま言ってみせたのである。伊達に旧知の間柄ではないということだ。
「それだけよ。しかしじゃ」
「だからことだというのじゃな」
「この戦は勝てたのじゃ。御主のその背水の陣故にな」
「ふむ。そうなるか」
「わしはそう思う。まあこの度の戦は御主がおったお陰じゃな」
 それで勝ったと言う佐久間だった。
「殿もわかっておられる。御主をここにやられたのはそれ故にじゃ」
「わしだからこそか」
「勝てたのじゃ。ここまでな」
「そうだとしてもじゃ」
 佐久間の言葉を認めてだ。そのうえでだ。
 今度は柴田がだ。水を飲みつつ佐久間達に述べたのであった。その述べた言葉とは。 
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