万華鏡
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第十話 五月その五
「というか食事中にそういうお話はね」
「御免なさい、けれどね」
「歯は大切ね」
「問題外なのは全部抜いてそのままとか」
「歯が悪くてそうなるの?」
「悪くなくても自分から抜かせたケースもあるのよ」
「?そんなのあったの?」
琴乃はざる蕎麦をすすりその横にあるお握りも食べながら里香に問うた。このことは彼女にはすぐには把握できないことだった。
「自分で歯を抜かせたの?」
「ルイ十四世っていたわよね。フランスの王様の」
「あのベルサイユ宮殿の」
「そう、太陽王ね」
この呼び名で知られている。尚この名は自分に贈った尊称である。
「その人がなのよ」
「歯を全部抜かせたの」
「何かその時凄いお医者さんがいて」
里香も信じられないといった顔で琴乃達に話す。
「歯は全ての災厄の根源だって言って」
「歯が?」
「そう、歯が」
今里香が大事だと力説しているそれこそが全ての不健康の根源だと主張する医師がいたというのである。
「それで王様がその話を聞いてね」
「歯を全部抜かせたの」
「それも麻酔なしでね」
「うわ・・・・・・」
このことに声をあげたのは琴乃だけではない。他の三人も思わず声をあげてしまった。
「痛いわよ、それ」
「歯を抜くって一番痛いことの一つなのに」
「麻酔なしで全部の歯をかよ」
「別の意味でも凄いわよ」
「そうでしょ。私もこの話を詠んで最初はびっくりしたわ」
里香自身もそうなったというのだ。
「痛いなんてものじゃないわよね」
「それで抜いてよね」
「殆ど満足に噛めなくなったの」
これは当然である。歯は咀嚼する為にあるからだ。
「それで食べ物を殆どそのまま飲み込むしかなくなって」
「消化不良ね」
「かなり身体に悪いでしょ」
「絶対にね。というかそのお医者さんって藪医者でしょ」
「今から見たらね」
里香もその医者についてはこう言う。
「間違いなくそうね」
「そうよね。誰がどう見てもね」
「けれどその時は王様に会えるだけのお医者さんだったのよ」
「世の中凄いわね」
「けれど今はもうわかってるから」
「歯は大事ね」
「そう、大事だから」
里香は確かな声で琴乃達に話す。
「気をつけていきましょう」
「そうよね。本当に虫歯とかあったら」
景子もここで言う。
「そこからばい菌とかも入るからね」
「とにかく歯は大事ってことね」
「そういうことよね。歯が悪いと美味しいものも満足に食べられなくなるし」
「美味しいものを食べる為にもね」
琴乃はお握りも食べながら言う。五人は歯のことも確かめ合った。
それで家に帰って夕食の後のデザートを食べている時も母にこんなことを言った。
食べているのはオレンジだ。自分で切ったオレンジを食べながらそのうえで食器を洗う準備をしている母に言ったのである。
「お母さん、やっぱり甘いものは特にね」
「特にって?」
「歯に危ないわよね」
「今更って感じの言葉だけれど」
母は琴乃の話を聞いてこう返す。
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