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故郷は青き星

作者:TKZ
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第十二話

 6年後。
 エルシャンは高等教育過程を終了すると同時にネヴィラと籍を入れる。
 2人の6年間の交際は、決して公にされることが無いようにと、普通のカップルのようにデートとかは出来ず、主に同調装置──軍用のものではなく民生用の装置──を使った電脳仮想空間内での逢瀬が主であったが、エルシャンのみならずネヴィラも恋愛に関しては草食系だったため、仮想空間内で相手が傍に寄り添っていて温もりを感じながらたわいも無い会話を楽しむだけの、枯れた老夫婦の縁側の日向ぼっこのような逢瀬でも十分に愛を深める事が出来ていた。
 結婚式は身内と親しい友人達──高等教育課程に進みエルシャンにも学校で友人と呼べる相手は出来たが、残念ながらネヴィラとの交際を打ち明けられる程の親しい友人はついに出来ず、ヴォーロを始めとする戦友が数人参加したのみだが、ネヴィラは男性からは敬遠される一方で、同性からは人気が高く友人が多かった──で内々に済ませたが、その日の夜のテレビニュースで大々的に報じられる事になる。
 明日からの新婚旅行に備えてエルシャンの実家に戻り、家族そろってテーブルを囲いユーシンの手料理で晩餐を済ませた後、エルシャンの自室で2人きりになり、いよいよ初夜を迎えるための気分が高まって参りましたという時に、地元──トリマ家の旧領地にあたる地域──のローカル放送局が特別報道番組として放送を開始した。
「ああぁぁぁぁぁぁぁっ」
 テレビに向かってエルシャンは叫ぶ。
 地元以外のシルバ族州内の各メディアでも最初のトピックスとして大きく取り上げられ、シルバ族州以外のフルント星全体でも海外トピックスとして小さいながらも報じられていた事を知らないのが唯一の救いだった。
 エルシャンとネヴィラの実名や顔写真・動画。これまでの生い立ちなどが、僅か数時間で調べ上げたとは思えないほど事細かく報じられる。

「こんな目立ちたくないのに……」
 がっくりと肩を落とすエルシャンの背中をネヴィラが後ろから抱きしめる。
 去年辺りから成長期に入ったエルシャンも随分と身長は伸びたが、まだ170cmには届かずネヴィラとの間には20cm程の差があるため、こうして抱きしめられると包まれているかのような心地で安らいだ気分になれる。
 何せ赤ちゃんプレイを極めた隠れた達人であり、筋金入りの変態である。彼の一目惚れには彼女と自分の身長差にあったことを疑わずにはいられない。
 一方で背中に当たるネヴィラの胸──身体のバランス的には巨乳というわけではないが、分母である身体が大きいために絶対値では巨乳──の感触がたまらなく、身体の一部が落ち着かなくなる。
「仕方が無いよエルシャン」
 背中からエルシャンの肩越しに首を伸ばして、彼の頬に自分の頬を寄せてささやく。
 実際、数ある名門氏族の中でも大型機動要塞を所有しているのはシルバ族全体で8隻。フルント星全体で53隻に過ぎない。
 つまりトリマ家は名門氏族中の名門と言える家柄であり、何かと娯楽の少ないフルント社会において、その嫡男の結婚をマスメディアが取り上げないはずも無かった。
「みんなが祝ってくれていると思えば良いじゃないか?」
「……そうだね。うん。素敵なお嫁さんを貰った自慢をする手間が省け──」
『年齢も身長も随分と花婿よりも大きな花嫁さんでしたね』
 テレビ画面の中で女性アナウンサーが、そう言って口元を隠しながら厭らしく哂った瞬間、エルシャンはネヴィラの手を振り解いてテレビ画像を映していた3Dフォログラム投影機を蹴り飛ばす。

「…………そうだ。この女殺そう。どうやって殺そうかな? 生まれてきた事を後悔するような殺し方が良いな」
「落ち着けエルシャン!」
 まるで今日の晩ご飯は何にするかみたいな口調で殺人計画を練りながら部屋を出ようとするエルシャンを再び背後から捕獲すると顎の下から胸元まで上下に擦って落ち着かせる。
「離して! 天誅を、天誅を食らわせてやるんだから!」
 最初はそう叫びながら抵抗したエルシャンだが、繰り返し擦られる内に次第に気持ち良さそうに鼻を鳴らして尻尾を振りだす。
「よ~し、よしよし。落ち着いたな」
「……悔しい。あんな女に、あんな女なんかがネヴィラを馬鹿にするなんて。尻尾にウンコ付けてるような女の癖に」
 別に尻尾にウンコは付けてないだろうと思いつつも、自分のために涙を浮かべて悔しがる夫の様子に嬉しくて仕方なかった。
「私は君と結婚できて幸せだ。世界の誰よりも幸せなんだ。だから私より幸せではない誰かに何を言われても、負け犬の遠吠えにしか聞こえない」
 そう言って優しく微笑む妻の顔が目の前にある。エルシャンは彼女の首に両腕を回して引き寄せると頬を重ねて「僕の方が幸せだから」などと臭くて死にそうな台詞を囁く。
 結局良い雰囲気になってしまった2人は、そのまま初夜に突入してしまうのだが、盛り上がりすぎたエルシャンは、犬だけに後背位とそのバリエーション一辺倒だったフルントの夜の歴史書に新たなページを何枚も挿入することになるのだが以下148500文字に渡り割愛する。

 ところがそんな事ではすまない人がいた。ポアーチである。
「…………うん、この女殺そう。どうやって殺そうかな? 生まれてきた事を後悔するような殺し方が良いな」
 偶然同じ番組を目にしてしまった彼は息子と同じ事を口にする。
 エルシャンと違って、フルント人としてのメンタリティー100%のポアーチにとり、単に息子の嫁を侮辱されただけに留まらない。名門氏族の当主として一族の誇りを傷つけられたのであった。
 名門氏族が機動要塞の購入に身銭を切って身代を潰し、代々の当主が自らの稼ぎまで突っ込んで維持運営してきたのは他でもなく誇りと伊達(見栄)と酔狂(物好き)である。舐められたままで居られるわけが無かった。
「あなた落ちついて」
 そう言うユーシンの目は殺人者のようにテレビに映る女子アナウンサーを見据えていた。
「落ち着いていられるか!」
「どうせ、この尻尾にウンコを付けた様な女はおしまいなんだから」
 何故この親子が他人の尻尾にウンコが付いている事にしたがるか分からないが、普段温和なユーシンも怒り心頭の様で冷酷に告げる。
 次の瞬間、生放送中のスタジオのセットに数名のスタッフが走りこんできて、問題の女性アナウンサー捕まえると文字通り引きずり去って行く途中で画面が青一色に切り替わると『ただいま放送事故により、番組の放送を一時中断しております。視聴されている皆様方には大変ご迷惑をおかけしております……』というアナウンスが流れる。

 トリマ家に限らず、元領主だった名門氏族の地元での人気は高い。元々強いリーダーに服従するのを是とするフルント人の気質において、強いリーダーシップを発揮するから領主たり得たのであり、連盟加入後の社会構造の変化からその影響力を弱めた事で領主の座を降りたが、その後も基幹艦隊の司令官として新たな力を持ち、それを維持し元領民達を率いて戦う姿に対し、領主だった頃以上の畏敬の念を持っている。
 実際、地元の年寄り達の間ではポアーチは「うちの殿様」とエルシャンは「うちの若様」と誇らしさと親しみを込めて呼ばれている。
 その為、放送を見ていた年配の局長が即時に放送中止を指示した直後に「この番組終わった。俺のキャリアも終わった」と漏らしたり、『うちの若様の嫁御に何言うだ!』と苦情が殺到するわ、他のテレビ局がこの件に関して批判を始めるわ、この報道番組のみならずそれ以外の番組スポンサーからも自社のCMや番組中で自社名を一切出すなと釘を刺される一方で、今後のスポンサー契約は打ち切ると宣言されてしまう。

「貴方が手を下すまでも無かったでしょう」
「そうだね」
 ポアーチとユーシンの2人は特別番組で謝罪と釈明を続ける問題の放送局の放送と、同じく特番を組んで批判を続ける他の局の放送を夜通し見ていた。
 各スポンサー企業は、敢えて他の放送局を通して問題の放送局とは今後一切のスポンサー契約をしないと宣言し、この問題とは無関係を主張する。
「うわぁ……正直ひくわ」
 最初は殺す殺さないと物騒な発言をしていた割には、刻一刻と深刻さを増し行く展開に何もここまでやらないでもとポアーチは思い始めていたが、隣に座るユーシンは笑顔で画面を見つめているが、時折クスクスと哂うのが怖くてたまらない。
 番組の中で放送局の社長が記者会見を開いて必死に頭を下げて「これから直接お2人に会って謝罪したいと思います」と言っているが、周りの記者の1人から「新婚初日のこんな深夜に、何の嫌がらせだ?」と野次が飛ぶと、馬鹿だの常識が無いだの謝ってすむ問題かなどと怒号が飛び、会見場は完全な処刑場と化していた。
「そういえば……あのドラマなんかもここのだったんだよな」
 歴史のある一つのテレビ局が破滅へと進んでいく様子に、昔好きだった懐かしいドラマを感慨深げに思い出すポアーチ。単なる現実逃避だった。


「兄ちゃん。姉ちゃん行ってらっしゃい!」
「良いな。私も行きたいな」
「ムーを置いていかないでぇ~」
「お土産は初孫が良いわね」
「あの……ユーシンさん。と、ともかく楽しんで良い思い出を作ってきてくれ」
 家族に見送られて新婚夫婦は車に乗り込むとハネムーンへと出発する。

 2人を乗せた車を見ながらポアーチは隣の妻に話しかける。
「エルシャンは帰って来たら軍大学で半年の研修か、新婚早々離れ離れで大変だな」
 元年少パイロット達は、正規パイロット任官時に仮に与えられていた階級である准尉から自動的に少尉に昇進。そして年少パイロット時の功績を判断して中尉、大尉へと昇進する場合がある。
 しかしエルシャンは准尉のまま昇進を保留され、そのまま軍大学校で6ヶ月間の佐官教育課程に放り込まれた後に少佐に昇進する事が決まっている。

 ほとんどの場合、年少パイロットの期間が2年以内であり、その半数ほどが中尉昇進に足りないと判断されて少尉から軍人人生を始める。勿論中尉への昇進時には年少パイロット時の勲功が加味されて早い段階で昇進する。残りの半分は中尉となる。
 特に優秀で年少パイロットの期間が4年を超えるような者達──優秀であるほど早期に年少パイロット資格が与えられる──には、ほとんどが大尉の階級が与えられる。
 ちなみにこれらの昇進ペースは、通常のパイロットに比べると大きく抑えられたものとなっているが、元年少パイロットであった事はエリートの証であり、その後の軍人人生において様々な面で優遇されることとなる。
 そして年少パイロット期間が8年になるエルシャンには少佐の階級が与えられた。
 通常パイロットの階級は佐官になると、給与面などの待遇などは全て通常の階級と等しく扱われるが指揮権の与えられないパイロット専用階級が与えられる。
 フルント人の中でも優秀なパイロットは大佐までは昇進するが、それ以上に昇進する事は無い。ただし給与面では将官クラスの額を受け取る者もいる。
 エルシャンも普通の家に生まれていたなら同様の階級を与えられるはずであったが、彼はトリマ本家の嫡子として後に艦隊司令官になるため指揮官教育を受ける必要があると判断された。

 正式に少佐となるとエルシャンは所属が艦隊司令部から連盟軍本部に移り、同時に連盟市民の立場が与えられる。
 連盟市民とは連盟機関に所属する人員の身分、生命、財産を連盟政府が保証するという意味であり、連盟市民へは、いかなる連盟所属の国家も干渉する事は禁じられる。例外はその連盟市民の母国ににおいて定められている法律にのみ縛られる。
 今回の軍大学への入学は、エルシャンの立場を強化して前線国家の干渉を撥ね退けるための方策でもあった。

「大丈夫ですよ。あの2人なら何の心配もいりません」
 そう言って笑うと、置いていかれてグズるムアリの背中をあやしながら家の中に入っていく。
「父さん。軍大学って何? 兄ちゃんは家を出て行くの?」
 ウークも既に12歳になっており、彼も既に年少パイロットの資格を所有し、また将来結婚の約束をした女性も居る。
 彼ははっきり言ってもてた。エルシャンみたいに一本釣りの大釣果ではなく、母性本能をくすぐるらしく自分から何もしなくても沢山の女の子からアプローチを受けるもってっぷりだった。
 息子達には完全に追い抜かれてしまったなと思いながら、息子の頭の上に手をのせて「そうだな、だけどたった半年だ、お前が寂しがる間もないくらいあっという間だよ」と言って自分にそっくりな色合いの赤毛をゆっくりと指で梳った。
「別に寂しくなんて無いよ。もう子供じゃないんだから」
 怒りながら抗議する息子の姿に、直にウークも結婚してやがては家を出ると思うと「父さんは少し寂しいな」と笑いながら答えた。 
 

 
後書き
昨日間に合わなかった分を含めて、本日は二話投下。 
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