とある星の力を使いし者
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第175話
「へいへいーへい!!
一三勝九敗、テメェのフォークボールも大した事ねーなーっ!!」
上条は短めのホウキを両手で掴み、小刻みにヒュンヒュン鳴らしながら制理を挑発する。
「黙れッ!!
九敗もしておいて減らず口を・・・
っていうかさっきは硬式を使ってしっかりとフォークを投げれたんだから、硬式があれば貴様なんぞ相手にならないわよ!!」
一対戦ごとに負けた方が五分間全力で草むしりをする、という新ルールが導入されてからの上条と制理のヒートアップぶりは半端ない。
白熱する対戦を体育館の壁に背中を預けながら見ている麻生はため息を吐く。
(いつになったら帰れるんだ?)
実際に彼が担当する雑草は全部抜き取ったので、この二人の勝負に付き合う必要は全くない。
しかし、帰ろうとすれば制理が終わるまで待て、と怒鳴りながら言うので仕方がなく待っている。
この勝負もすぐに終わるだろう、と思っていたが思っていた以上に白熱して、終わる気配が見えない。
バットを振り回して上機嫌な上条とは対照的に、白球を握り締めた制理は肩を大きく動かしてぜーぜーと息を吐きながら、携帯電話の画面で時間を確認して、
「大体、完全下校時刻までまだ三〇分あるわ。
ここから逆転する事も可能ッ!!」
(まだ三〇分もあるのか。)
制理の言葉を聞いた麻生はうんざりとした表情を浮かべる。
ちなみにだが、麻生はこの対戦を一度だけした。
一緒に雑草抜きをしていた麻生もこれに参加すべき、と上条は考えホウキを麻生に持たせた。
彼自身、勝負にならないぞ、と前置きしておいて制理に硬式のボールを創り、渡す。
渡す理由は、場外ホームランを打つつもりだから、制理が持っているボールが無くなったら困るだろう、と配慮らしい。
その挑発的な発言を聞いた制理は、スカートの中が見える覚悟で全力の投球フォームをとり、全力で投げる。
おそらく最初で最後になるであろう。
投げた球は下に落ち、フォークボールへ変化する。
それを見極めた麻生は、ボールの芯とホウキの芯を合わせ豪快に振りかぶる。
カァン!!、と気持ちのいい音と共に、ボールは体育館のコンクリートの壁を超えて、どこかへ飛んで行ってしまった。
この勝負以降、麻生が二人の勝負に加わる事はなかった。
「つか、お前のボールってちゃんと落ちているか?」
「落ちてるって言っているでしょうが!
すごいフォーク!!
バッターの手前でガクッと急降下しているのが何でわからない訳!?」
「ええー?
単に失速して放物線を描いているだけなんじゃ・・・」
「ちゃんと見ろォォおおおおおおおおおッ!!」
制理が全力で吼えながらボールを投げ放つ。
ギュオオ!!、と迫り来る白球に反応するように、上条の身体はフルスイングのための前動作を開始し、
(フォークボール・・・)
ついつい制理の言葉に身体が反応し、短めのホウキの軌道をやや下へ修正してしまう。
しかし今回もボールは特に曲がらなかった。
普通のストレートが飛んでくる。
「テメッ・・・やっぱ失敗じゃねぇか!!」
慌ててバットの軌道を戻そうとしても、もう遅い。
若干バットが上方向へズレたものの、白球の通る道まで届かない。
それでも、ホウキの柄がボールの端にガチッと接触するのが分かった。
「ぐォォおおおおおおおおッ!!」
上条は叫んだが、ヒットの感触が逃げていくのが手首に伝わる。
ホウキの柄に掠ってチップした白球は、やや斜め上に移動をズラし、そのまま上条の後ろへとかっ飛んでいく。
(おのれ、ミスったか!?)
この勝負にはフィールの概念がない。
バットに当たったボールが前に飛んだら上条の勝ち、それ以外なら制理の勝ちとなる。
ストライクとボールに関しては何となく見た目で決めるだけだ。
しかもここで面倒なのが、負けた方はボールを拾ってこなければならない、という点である。
ただでさえ『敗北者は全力で五分間草むしりの刑』があるのに、遠くまで飛んで行ったボールを追いかけるのはかなりしんどいのだ。
なので、バット代わりのホウキを振り抜いたポーズのまま、上条はこの後の事を考え始めた時だった。
ばしっ、と。
なんか、変な音が上条のすぐ後ろから聞こえた。
訳が分からない上条だったが、対面している制理の顔がギョッとしたまま固まっていて、そこから音もなく血の気が引いていく様子がここまで伝わる。
麻生も麻生でやっちまったな、みたいな呆れた表情を浮かべている。
二人の表情を見て、振り向くと。
そこには、逆三角形の眼鏡に草と土をこびりつかせた、明らかに顔面へ白球を食らったらしい女教師・親船素甘が立っていた。
本来なら白球は素甘のお腹の辺りに直撃する筈だったのだが、上条のバットがボールを掠めたせいで軌道が曲がり、思い切り顔面にぶち当たったらしい。
親船素甘はゆっくりと深呼吸しているが、その身体はどう見ても小刻みに振動している。
あわわわわわわわわわ、と上条が震えだした時にはもう遅く。
上条の懐へ飛び込んだ親船素甘がゲンコツを振り下ろし、そうとは知らず全力で土下座した上条は奇しくも素甘のゲンコツをくぐり抜け、ボールの怒りとゲンコツ空振りの怒りが相乗されて、数学教師は上条の背中をパンプスの尖った踵で思い切り踏み潰した。
その後、彼女は急いで校舎の中に戻っていった。
パンプスで踏まれた背中を手で擦りながら、上条は言う。
「あのタイミングで先生が来るなんてな。」
「さすがは不幸で有名な当麻さんだな。」
「というか、親船先生は何か用があってここに来たんじゃないの?」
「時間を考えるに、俺達に帰れって言おうとしたんじゃないのか?」
「てことはなに。
上条のせいであたし達はまだ雑草抜きをしないといけなくなる可能性があるの?」
「下手すれば、もっと面倒な事を言われるかもな。」
二人の話を聞いている内に上条の背中に嫌な汗が流れる。
原因はどうあれ、上条のせいで素甘が怒っている事は間違いない。
これ以上時間を取られるわけにはいかず、上条は謝るついでに帰っていいかを聞きに校舎に入って行く。
「んじゃあ、帰るか。」
「えっ?」
上条が見えなくなってから麻生は言った。
「このまま面倒事に巻き込まれたら嫌だし、何より今日の夕飯の材料がきれていてな。
罰則を受けて買いに行く時間が無くなるのはまずい。
勝負も、もういいだろ。
残るって言うのなら止めないけど。」
そう言って、麻生は校舎に向かって歩き出す。
教室に置いてある鞄を持って帰るつもりなのだろう。
このまま逃げるように帰るのは気が引ける制理だが、罰則を受けたいとも思わない。
土御門や青髪ピアスが雲隠れている以上、自分達は最低限の事はしたと割り切り麻生の後について行く。
二人は学校を出て、暗くなってきた帰り道を歩く。
一〇月に入ってくると、この時間帯は少しずつ肌寒くなってくる。
気温の変化に応じているのか、夏場に比べると若干人の数が減っているようにも感じられた。
薄暗い空に浮かぶ飛行船の大画面からは『空気が乾燥しているので火の元に注意してください』というアナウンサーの声が飛んできている。
今日の晩御飯のメニューは考えてあるので、近くのデパートに向かう。
「制理はついて来るのか?」
「いいわ。
あの馬鹿との野球で疲れたし、先に戻るわね。」
制理もあの生活には慣れてきたらしく、最近ではよく健康番組を見ている。
色んな物を買おうとするが、桔梗や愛穂がこの健康器具は詐欺レベルで効果が薄い、と言われ良いストッパーになっていた。
駅前の辺りに行ってみると、常盤台中学の制服を着た茶色い髪の少女、御坂美琴の背中を発見してしまった。
しかもジュースの自販機にハイキックをぶち当てては、『ここの自販機は駄目なのか。あれ・・・?』と首を傾げている。
このまま進めば美琴に見つかるのは間違いない。
道を変えようと一八〇度方向転換して、移動しようとしたが。
「こんな所で会うなんて奇遇ね。」
と、後ろから聞きたくない声が聞こえた。
振り向くとやっぱり御坂美琴が立っていた。
「よう、美琴。
それじゃあ。」
制理の手を掴んで、その場を立ち去ろうとするが首根っこを掴まれてしまう。
「そうそう、ちょうどいいから言わせてもらうけど。
アンタ、この前送ったメールの返信も放ったらかしだし、あれどうなってんのよちょっとケータイ見せてみなさいよ!」
「メール?
そんなのあったのか?」
「あったわよ!」
麻生はちょっと考え、自分の携帯電話を取り出し、美琴に見せるようにメールボックスを開けて、それから小首を傾げると、
「あったか?」
「あったっつってんでしょ!!
ぎえ、受信ボックスに何もない!?
もしかして私のアドレスをスパム扱いしてんじゃないでしょうね!!」
メールの件で愕然とする美琴だったが、そこで彼女はさらなる真相に辿り着く。
ボタンを操る麻生の手をガシッと掴んで差し止め、受信メールフォルダにある名前を凝視する。
「アンタ、何でウチの母のアドレスが登録されている訳?」
「は?」
言われてみれば、確かにこの前酔っ払いの御坂美鈴と学園都市で遭遇したが・・・と麻生は思っていると、美琴は眉間に皴を寄せたまま親指で麻生の携帯電話を操作し、件の美鈴へ通話してしまう。
「おい、勝手に電話するな。
あいつの性格上、面倒な事しか言わないぞ。」
麻生の言葉に耳を傾けていない。
スピーカーフォンのモードにはしていないが、元々の音量が大きかった事と美琴までの距離が近かった事もあって、麻生の耳までコール音が聞こえてくる。
「ちょっと母。
聞きたい事があるんだけど。」
「あれー?
表示ミスってるのかな。
ディスプレイに美琴ちゃんの番号が出てこないんだけど。」
キョトンとしている美鈴の声。
美琴と美鈴の会話に耳を向けている限り、何で麻生の電話に美鈴の番号があるのか、その経緯を尋ねているようだが、
『うーん。』
間延びした声と共に出た結論は、
『あの少年と夜の学園都市で会ったとは思うんだけど・・・ママ酔っ払っている時は記憶無くしちゃうからなぁ。
一体いつの間にこんな事になってかはママにも分かんないよ、はっはっは。』
うん、うん、と美琴は小さく頷いて、通話を切った。
彼女はにっこりと微笑み、携帯電話を両手で包んでお上品に麻生へ返しながら、
「ア・ン・タ・は、人ン家の母を酔わせて何をするつもりだったァああああ!?」
「おい待て。
お前の母親は間違いなく確信犯だ。
最後の笑いとか狙ってやっている以外になにがある?」
ちょっと考えれば簡単に分かるはずの事なのだが、プチ家庭崩壊の危機に見舞われていると思い込んでいるせいか、何やら美琴は顔を真っ赤にして冷静さに欠けている。
「日も落ちて来たし、俺は行くぞ。
晩御飯の準備をしないといけないんだ。
常盤台の寮の門限はもうすぐだろ?」
麻生も一時編入していたので、常盤台の門限を破ればどんな罰則が来るか分かる。
それを上手く使って話の流れを変える。
「門限?
そんなんちょろっと工夫すればどうとでもあるんだけど。」
サラリと言う美琴に麻生は思わずため息が出た。
だが、話を逸らすという目標は達成できたようだ。
「でも、確かにちょっとチェックが厳しくなっているように感じるわね。
ここ最近は慌ただしくなってきたからかもしれないけど。
前は新聞も読まなかった連中も、携帯電話のテレビ機能でニュースをチェックしたりネットで情報サイトを検索したりと忙しいみたいだし。」
「・・・・・」
「ま、流石に誰でも気になるわよね。
あんな風になったらさ。」
美琴が言っているのは、おそらく九月三〇日の事だろう。
今の『見えない戦争』の引き金となった、直接的な一件。
麻生はその一件の中心に立っていた。
表ではなく裏の方だが。
ダゴン秘密教団。
彼らが裏で動いていたのは間違いない。
これは麻生の予想だが、彼らはローマ正教すら自分達の計画の駒に扱っている可能性がある。
それほど、彼らは異質で異常だ。
美琴は空に浮かんでいる飛行船の側面に設置している大画面に視線を向けていた。
今はニュース番組が流れており、ローマ正教派による大規模なデモ行進や抗議行動について報道されている。
彼らの事も気になるが、こちらの事も無視できない状況まで進んでいる。
このデモなどはいずれ学園都市まで影響を及ぼす。
それに一番最初に巻き込まれるのは警備員である黄泉川愛穂。
次に芳川桔梗や吹寄制理だ。
(何とかしないと、まずいな。)
暴動などを鎮圧する力を麻生は持っている。
それを振り回した所で根本的な解決にならない。
「どうなってんのよ。
九月三〇日に何が起きたかなんて知らないけど、別にこんなの望んでなかったじゃない。
あの一件が引き金になったなんて言われても、当の学園都市は静かなモンじゃない。
何でこいつら、勝手に殴り合って勝手に傷つけ合ってんのよ。
黒幕は顔も出さないくせに、こいつらだけが苦しめられるなんておかしいじゃない。」
美琴の言葉を麻生は黙って聞く。
黒幕。
例え、神の右席を倒した所で、黒幕を倒した所で、ダゴン秘密教団を倒した所で、この暴動が静まる事はない。
悪い奴らを倒したらそれで終わり、という段階を超えている。
『星』という人間には到底扱えない能力を麻生は使える。
だが、それも今は何の役にも立たない。
暴動に参加する者を一人ずつ倒した所で、それが良い結果に繋がる訳ではない。
「どうなってんのよ。」
もう一度繰り返すように言った美琴の言葉が、麻生の耳に聞こえる。
どうにかしないと、と珍しく麻生の胸に柄でもない気持ちが芽生えていた。
後書き
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