八条学園怪異譚
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第五話 水産科の幽霊その七
「いいな。それではな」
「はい、それじゃあ」
「振り向かさせてもらいますね」
こう言ってだ。二人はやっと振り向いた。するとそこには。
黒い詰襟、ボタンがなく袖に金の輪がある軍服の青年がいた。帽子も黒だ。
顔立ちは整い実に凛々しい。三島由紀夫を思わせる精悍な顔立ちである。目の光は強いものである。その彼を見てだ。
愛実は聖花にだ。こう小声で言った。
「結構ね」
「そうね。格好いいわよね」
「今こうした感じの人いないわよね」
「ええ。背も高いし」
その軍人の背は一七五はあった。二人から見れば高いものだった。特に愛実から見ればだ。
愛実はその軍人を見てだ。あらためてこう言った。
「背、高いですね」
「若い頃は実際にそう言われた」
「ですよね、やっぱり」
「戦争前は誰もそれ程背が高くはなかった」
「そうだったんですか」
「日本人は戦後肉を食べる様になってから大きくなった」
明治から食べていたが誰もがふんだんに食べられる様になったのは高度成長期からだ。牛乳にしてもそうである。
「幕末はもっと小さかったらしい」
「そうした話は聞いたことがあります」
「そうだな。それでだが」
「はい。背のお話ですか?」
「そうしたことはどうでもいい」
軍人の方でその話は終わらせた。そのうえでこう言ってきたのだった。
「ここに来た理由だが」
「はい、実は貴方が本当にいるのかどうか」
「そのことを確かめに来ました」
二人で軍人に言う。幽霊であることはわかっているがそれはかなりどうでもいいことになっていた。二人にとっては。
「けれど本当におられたんですね」
「今それがわかりました」
「そうか、それは何よりだ。しかしだ」
「しかし?」
「しかしっていいますと」
「わしのことは知らないな」
軍人の幽霊は二人にあらためて言ってきた。
「そうだな」
「ですから幽霊ですよね」
「戦前の」
「わしが死んだのは三年前だ」
軍人は二人にこう答えた。
「老衰で死んだ」
「えっ、老衰で!?」
「三年前にですか!?」
「そうだ。息子や孫達に囲まれ大往生だった」
そうして死んだというのだ。
「いい死に方だったと思う」
「あの、貴方どう見ても若いんですけど」
「二十代にしか見えないですが」
二人は軍人の言葉に唖然とした顔になり返した。
「それで三年前にお亡くなりになったって」
「しかも老衰でって」
「お話が全然わからないですけれど」
「どういうことなんですか?」
「わしは確かに海軍軍人だった」
幽霊はこのことは間違いないと言う。
「海軍の経理将校だったのだ」
「経理将校って何ですか?」
愛実がその経理将校のことを幽霊に問うた。
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