八条学園怪異譚
しおりを利用するにはログインしてください。会員登録がまだの場合はこちらから。
ページ下へ移動
第五話 水産科の幽霊その六
「若しかして私が君達に何かすると思っているのか」
「だって幽霊ですよね」
「そうですよね」
「そうだ。確かに私は幽霊だ」
声はまたしても正直に答える。
「既に死んでいる」
「やっぱり逃げましょう」
「そうしよう」
二人の結論は変わらない。そのまま逃げようとして止まらない。
しかし声は生真面目にこう言ったのだった。
「海軍将校、いや帝国軍人は武器を持たぬ者に何もしない」
「本当ですか?」
「嘘じゃないですよね」
「帝国軍人は嘘を言わない」
武士道だtった。この言葉は。
「決してな」
「じゃあ振り向いてもいいですか?」
「そうしても」
「帝国軍人は約束を破らない」
今度はこう言う声の主だった。
「絶対にな」
「昔の軍人さんってそうだったの?」
愛実は声の断言を聞いてからまずは聖花に問うた。
「戦争前の人達って」
「ええ。海軍さんだと予算編成能力が全然なくて」
そこから話す聖花だった。確かに帝国海軍の艦艇や航空機に対する予算編成能力は量産性や整備性、コストパフォーマンスを無視したかなりのものだった。
それでだ。聖花も愛実にこう話すのだった。
「陸軍さんは人を見る目が全然なかったけれど」
「じゃああれ?トンカツ定食を七八〇円で出すのに二千円分の予算を使うとか」
「そんな感じね」
「お店確実に潰れるわね」
こう考えると愛実にもすぐわかることだった。
「そんなことしたら」
「それで陸軍さんは人を見る目がなかったの」
「平気でお店のお金をちょろまかす様な人をアルバイトに雇うとか?」
「そういう感じだったのよ」
「戦争に負けるのも当然ね」
愛実は聖花の話を聞いてナチュラルに思った。そしてそれを言葉に出したのだった。
「本当にね」
「そう思うわよね。私もね」
「聖花ちゃんもそう思うのね」
「そういう人がお店やったらいけないわよね」
「絶対に潰れるからね」
陸軍も海軍もそうなるというのだ。お店の娘である二人にとってはすぐにわかることだった。
「その海軍さんの人よ」
「算盤勉強して欲しいわね」
「ええ。商業科の生徒としてはね」
「心からそう思うわ」
「そうよね」
「実に好き勝手言ってくれるものだな」
二人が海軍と陸軍について話していると声が言ってきた。
「無敵の帝国海軍に何を言うのだ」
「いえ、負けてますから」
「あの戦争で負けましたよね」
二人はまだ振り向かない。しかしそれでも突っ込みを入れるのだった。
「それで無敵っていうのは」
「予算編成能力もないですし」
「うちのお店にはお客さんで来て下さいね」
「アルバイトで面接に来てもお断りですから」
「幽霊が食事なぞ取るものか」
自覚している言葉での返事だった。
「全く。わしの曾孫と同じ年齢の様だがな。それでだ」
「それで?」
「それでっていいますと」
「振り向かないのか?」
ようやくこの話に戻った。
「いい加減どうするのだ」
「じゃあ振り向いてもいいんですか?」
「そうして」
「そうでもしないとわしが誰がわからないだろう」
だからだというのだ。
ページ上へ戻る