八条学園怪異譚
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プレリュードその三
「そうなったの」
「そうなのね」
「そう。私何でも奇麗にお掃除するから」
笑顔でだ。愛実は聖花に話していく。
「お店の中だったね」
「そうするのね」
「そうするの。ずっとね」
「頑張ってね。お掃除」
「聖花ちゃんもよ」
愛実が言うとだ。ここでだった。
聖花の母が娘にだ。こう言ってきたのだった。
「お掃除はしっかりとするのよ」
「私も?」
「うちだってパン屋でしょ」
実は聖花の家も店をやっているのだ。それはパン屋だ。彼女の両親はいつも朝早くからパンを焼いてそれを店で売っているのだ。
「だからね」
「私もお掃除しないといけないの」
「そう。絶対にね」
しかもそれは必ず、だった。
「しないといけないのよ」
「けれどお掃除って」
聖花は口を尖らせて母に言う。その仕草が実に子供らしい。
「凄く大変だから」
「大変でもしないといけないの」
「どうしても?」
「そうよ。何でも奇麗にしないと駄目なの」
こう言うのだった。自分の娘に。
「しっかりしなさいね」
「しっかりって」
「そう思うと愛実ちゃんって偉いわ」
母は自分の娘を見たうえでそのうえでだった。
愛実、自分達に笑顔を向けて立っているその小さな女の子を見て言った。
「この歳でちゃんとお掃除してるって」
「だって。奇麗なのが好きだから」
愛実は屈託なく聖花の母の言葉に答える。
「だからなの」
「そう言えること自体が凄いのよ」
こう答える愛実だった。
「まだ小さいのに」
「じゃあ私も?」
聖花は母と愛実のやり取りを聞いてそうしなければ思ったのか。
自分の席、小さい子供用の席から母に顔を向けてこう言ったのだった。
「お掃除したら凄くなるの?」
「そうよ。お掃除がそのはじめなのよ」
「凄くなるはじめなの」
「じゃあいいわね。これからはね」
「うん、お掃除するね」
こう言って頷きもした。
「これからはね」
「頑張りなさい。さて」
話が一段落した、ここでだった。
注文していたトンカツ定食が来た。注文した数だけ。
トンカツに白いドレッシングをかけたキャベツの千切り、若布と豆腐の味噌汁に青菜のひたしに丼の御飯、そうした組み合わせだった。
その中にあるトンカツを見てだ。聖花の兄達も姉も口々に言った。
「うわ、大きいね」
「そうだね。こんな大きいんだ」
「まるで草履じゃない」
「ははは、凄いでしょ」
店の親父さん、愛実の父がそうした言葉に笑顔で応えてきた。
「うちの店の自慢の一つはボリュームなんですよ」
「ううん、これはあれですね」
聖花の父がここで言う。
「学生さん向けで、なんですね」
「そうです。うちの店八条学園が近くにありますから」
この町、神戸市長田区八条町にあるマンモス学園だ。幼稚園から大学院までありその生徒数、職員数は一万どころではきかない。日本最大のマンモス学園だ。
その学園に近いからだと。親父さんは言うのである。
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