八条学園怪異譚
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第十一話 池の怪その三
「洒落になってないわよ、若し学校に出て来たな」
「本当にいなくて幸いね」
「全くね。ただね」
「ただって?」
「若し河童だったら」
愛実は池にいる妖怪として真っ先に考えられるこの妖怪のことも話した。日本で水の妖怪といえばやはり河童である。
「確かお尻から」
「尻子玉?」
「それ抜くっていうけれど」
かつては俗にそう言われていた。
「だから怖いんじゃ」
「尻子玉って実際にはないわよ」
だが聖花は心配する愛実にこう言った。
「だから河童も実際には尻子玉とか抜かないから」
「そうなの」
「そう。確かに悪戯もするけれど」
それはするというのだ。
「それでもそれは嘘だから」
「そうだったの」
「あれね。水死体がそうだって言われてたみたいよ」
聖花は今度は河童のページを開いていた。緑の身体に尖った口と甲羅に皿がある独特の姿の河童の絵がある。
「水死体ってお尻の穴が開くから」
「ふうん、そうなの」
「そう。それが河童が尻子玉を抜いたってね」
そう言われていたというのだ。
「実際は身体の中にそんなのないし」
「そういえば確かに」
「ないでしょ、玉なんて」
「何だって思ってたけれど」
「あれはないのよ」
「ううん、河童って本当にそういう怖いことはしないのね」
「尻子玉を抜かれたら死ぬか腑抜けになるっていうけれど」
この辺りも諸説ある。
「それも嘘だから」
「そうだったのね」
「実は河童についてはちょっと調べたことがあって」
「何で調べたの?」
「芥川龍之介の作品で河童ってあるの」
河童の世界を書いたことで自らの社会についての考えを述べたと言われている作品だ。ただし作風は末期の芥川の暗鬱な空気に支配されたものとなっている、
「それを読んでね」
「河童について調べたの」
「それで尻子玉のこともなの」
「そう、わかったのよ」
「ううん、芥川って」
愛実はこの作家についても言及した。
「羅生門とか鼻とかよね」
「そう、それね」
「有名よね。教科書にも出てるし」
「もうすぐ羅生門習うわよ」
「自殺してるわよね」
芥川はそうして死んでいる。このことはあまりにも有名である。
「何か最後の方無茶苦茶だったっていうけれど」
「ちょっと。いえ、かなりね」
聖花も自分の言葉を訂正したうえで述べる。
「おかしくなってたのは間違いないわ」
「だから自殺したのね」
「色々とあって悩んでたみたい」
「それで自殺したのね」
「そう。河童はその最後の方の作品で」
「どんな感じなの?」
「あまり読まない方がいいかも」
聖花は親友に忠告めいた言葉で答えた。
「あの作品はね」
「読まない方がいいの」
「芥川の末期の作品は二つのパターンがあるけれど」
読んできた人間の言葉であるがその感じは決していいものではなかった。
「凄く暗いかおかしいんじゃないかっていう」
「そのどっちかなのね」
「それしかないから」
だからだというのだ。
「中期までは違うのよ」
「けれど末期はそうなのね」
「何か急に作風が変わって」
抱えていた恐怖や苦悩が表面化した為だと言われている。
「それで後はね」
「自殺するまではなのね」
「そう、酷いことになってるから」
「何か読まない方がいいかしら」
「だから。初期か中期の作品まではいいから」
羅生門や鼻がそれにあたる。
「是非読んでみて」
「そういえば私これまで文学作品って読んだことないわね」
「そうなの」
「本っていったらライトノベルだから」
「どんなの読むの?」
「まあ色々」
読むジャンルにはこだわらないというのだ。
「ファンタジー系でもコメディーでもね」
「恋愛ものとかも?」
「面白ければ何でも読むから」
「そうなのね」
「聖花ちゃんもライトノベル読むでしょ」
「それが原作の漫画もね」
聖花も聖花でライトノベルに凝っている。ライトノベルを馬鹿にする者もいるがこれもまた文化なのである。
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